ヴァナ・ディールの女たち


グスタベルグは、幼い時分に父と旅したことのある場所だ。乾いた風や土煙の匂い、荒々しい岩肌の感触に、少年時代の記憶が呼び起こされた。

バストゥークの街を発った日から、何度目かの日没が訪れようとしていたが、私は既にそれを数えることをやめていた。荒涼とした大地を一歩一歩踏みしめながら、ある時ふと気づいたからだ。

ただひとり放浪を続けるだけの男にとって、今日が旅の何日目であるかを確かめることに、何の意味もないのだと。

それでも、夜ごとに姿を変えて現れる月だけは、半ば一方的な感じで、私に時の流れを思い出させてくれた。北天にひときわ明るく輝く星は、進むべき方角を静かに示してくれた。

果てしなく続くと思われた荒野の旅も、終わりに近づいてきた頃のことだった。

父との旅を懐かしんで訪れた北グスタベルグの名勝「臥竜の滝」の下で、私はひとりの女に出会った。

どうやら商人らしいその女は、辺りではあまり見かけることのないミスラだった。

女は、ひっそりと裾を広げ始めた夜の帳に包まれるようにして、岩の上にたたずんでいた。

私も足を止めた。女と言葉を交わすわけでもなく、とめどなく滝壺に注ぎ込まれ続ける流れを見上げた。

いつしか滝の轟音さえも耳に入らなくなり、私たちは不思議な静寂に身をまかせていた。
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滝や岩たちと共に風景の一部となっていた女が、不意に口を開いた。

その最初の言葉を、私は今でもはっきり憶えている。

「こんなにも恐ろしくて美しい何かを目の前にするのは、初めてなの」

そう言ってゆっくり振り向き、初めて私を見た。

女の何気ない言葉に真っ直ぐ射抜かれて、私は気の利いた返事ひとつできなかった。

父に連れられて、初めてこの滝を見上げたあの日の私もきっと、女と同じ気持ちだったのだ。

自然の脅威と造形美に、ただ圧倒されるばかりで、幼い私は黙り込んでしまった。そんな息子を少し離れたところから眺めていた父は、静かに笑っただけだった。

痛みにも似た懐かしさが押し寄せた。
写真 そして再びこの滝の下で、私は大切なものを長い旅路のどこかに置き忘れてしまったことに気づかされた。

夜も更けてくると、雲は風に洗われて遠くの空へと消え、星たちは目映い光をあらわにした。私たちは、滝の側の岩場に座って夜明けを待った。

女は驚くほど星座に詳しく、たくさんの興味深い話を聞かせてくれた。ヴァナ・ディール各地の美しい夜景と星座を眺めることが旅の楽しみのひとつになったのは、今思えばこれがきっかけだった。

やがて、夜明けがやって来た。

女は旅人らしい手短な別れの言葉を述べて、最後にもう一度滝を仰ぎ見ると、大きな亜麻布の袋を背負ってバストゥークの街へと向かった。

私は、さらに北の地を目指して歩き始めた。


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