出来事ヴァナ・ディールの女たち



北グスタベルグの滝で、ミスラの商人と別れてから、数日が経っていた。

それまでの乾ききった大地は、いつからか、ところどころ青々とした若草に覆われ始めていた。

砂混じりの地面も、くたびれたブーツを湿らす朝露さえも、荒野を歩き続けてきた私には、何だかとても新鮮に感じられた。

小径ですれ違った冒険者風の若い男に尋ねると、そこがコンシュタット高地の入り口であることを教えられた。男の言うとおり進んで行くと、程なくして見渡す限りの草原に出た。

目の前に広がっていたのは、楽園を思わせるような光景だった。色とりどりの花模様が織り込まれた若草色の絨毯の上に腰を下ろすと、長旅の疲れも癒されるような心地がした。

しかし、おちおちと眠れる場所でもないことを私は知っていた。

この地は標高が高く、天気も変わりやすい。特に濃霧が立ちこめる夜は体の芯まで冷える。ミスラの商人にマントの1枚でも譲ってもらうべきだったと、私は大いに後悔した。

案の定、あっという間に暗い雲が空を埋め尽くし、雷鳴が轟いた。

その時、遠くから悲鳴が聞こえた気がして、私は振り返った。何か小さな影が動いたように見えた。


「ほーら、お姉ちゃんの言ったとおりでしょ!? 冒険なんてまだ早いのよ!」

ふたりのタルタルの少女が、がたがたと震えながらしゃがみ込んでいた。少女たちはどう見ても双子で、おまけに迷子であることも明らかだった。

妹と思われる方は、ただひたすらに泣きじゃくっていた。

写真
「早くおうちに帰りたいよ〜!」

雷が怖いからなのか、姉に叱られたせいなのか、もはや本人にもわからなくなっている様子だった。

真剣なふたりには大変申し訳ないが、そのかわいらしいやりとりを垣間見て、私は思わず笑ってしまった。

すると、姉の方が駆け寄ってきた。

「ちょっと、旅のお方! 笑ってないで早く助けてください!」

そう叫んだかと思うと、そのまま勢い余って私の膝に鼻をぶつけた。

「ああ、ごめんよ。最初からそのつもりだから安心して」

妹の泣き声は、嘘のようにぴたりと止まった。

私たちは風車の下に身を潜め、危険の多い夜が明けるのを待った。少女たちは随分と腹を空かせていたようで、私が与えた黒パンとソーセージを、瞬く間にたいらげてしまった。満腹になると、ふたりは寄り添って、ほとんど同時に寝息を立て始めた。

翌朝の空は、どこまでも青く深く澄み切っていた。双子も、前日のことをすべて忘れたような顔をしていた。

砂塵混じりの風が吹き出さないうちに、ふたりを連れて発つことにした。
写真 それにしても少女たちは実によく跳ね回り、私は幼い子を連れて歩くことが、どんなに大変かを思い知った。

ひとまずは、大きな街まで安全に送り届けてやろうと考えながら、ふたりの後を追って、私も緑の斜面を駆け下りた。

それは、こんないい大人にとっても、たいそう楽しい瞬間だった。
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