読み物 『ヴァナ・ディールの女たち』

第7回 オルデール家の令嬢・後編
オルデール卿は、名をTorresapet B Ordelle(トルレザーペ・B・オルデール)という。サンドリア国王の命で視察官として活躍して爵位を得たが、むしろ、ラテーヌ高原の地底に広がる鍾乳洞を世に知らしめた冒険家として知られている。

彼は好奇心の塊のような人物で、とにかく大胆不敵、破天荒な行いで周囲を驚かせていたと伝えられる。

そんなオルデール卿は、35歳という若さで世を去った。鍾乳洞で有毒なガスを吸ったことが原因と言われる。

少年時代に、この偉大かつ愛すべき冒険家に憧れ広い世界を夢見た私も、気づけば当時の彼と同じような年頃となり、まるで誘われるようにして彼の縁の地にたどり着き、彼の足跡を追っている。

オルデールの令嬢と、亡きオルデール卿の遺産探しを始めてから、早くも一昼夜が経とうとしていた。

鍾乳洞の深部は、その美しさからは想像もできないくらい危険に満ちた場所だった。逃げ場のない狭い部屋と細く長い通路には、たくさんの魔物たちがひしめき合っている。そんな危険を顧みようともせず、令嬢はさらに奥へと突き進んでいった。

少し目を離した隙に姿が見えなくなるものだから、幾度となくひやひやさせられた。

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眠ることも許されなかった代わりに、翌朝までにはいくつかの木箱を見つけることができた。令嬢は、器用な手つきでカギを開けた。鮮やかなものだった。よく覚えていないが、中身はいかにも冒険者たちが欲しがりそうな物ばかりだったと思う。いずれも令嬢に譲ってしまった。

しかしオルデール卿の遺産と思しきものなど、何ひとつ出てこなかった。

いや、そもそも彼が一族のために遺したものとは、何だったのか? 私は、その場に立ちつくした。

名高い冒険家の遺産と聞いて、あふれるほどの金貨や宝剣、稀少な宝石の山などを漠然と想像していたが、ここに隠されたものとは、果たしてそんな月並みな財宝なのだろうか? オルデール卿の没後、100年以上も経っている。しかも彼はこの鍾乳洞の地図まで残しているではないか。誰しもが欲しがるような財宝であるならば、一族が見つけ出す前に、耳が早い盗賊や偶然訪れた冒険者たちにごっそり持ち出されていると考える方が、むしろ自然だ。

コウモリたちが、頭上を飛び交った。私は、はっとして再び歩き始め、慌てて令嬢の姿を追った。やがて目の前に現れたのは、美しい滝だった。

滝の水しぶきを浴びて立っていた令嬢は、さすがに疲弊の色を見せていた。おまけに食料も尽きる頃だった。

そろそろ夢から覚める時なのかもしれない。私がそう考え始めた時、令嬢はぽつりと言った。

「心残りですが、ここで終わりにしましょう。遺産など、やはり最初からなかったのかもしれませんね」

写真 「確かに財宝は見つからなかった。でも、オルデール卿が遺してくれたものが何だったのか、今になってわかったような気がしますよ」

「……偶然ですね。わたしも、同じように感じていました」

その時彼女は、初めて“素顔”を見せた。それに気づいたのか、コウモリたちが一斉に飛び立つ音がした。

鍾乳洞を立ち去る前に、私たちはオルデール卿への祈りを捧げた。花を供える令嬢の顔は、穏やかだった。

確かに私たちは、何にも代えがたい夢を遺してくれたひとりの冒険家の想いに触れた。それで十分だった。

令嬢は、笑い混じりの声で言った。

「ねえ……あんたさ、気づいてたんでしょ?」

祈りの途中だった私は、片方だけ目を開けて彼女を見た。

「まあ、途中からはね」
「なんだって、あたしみたいな流れの盗賊のお宝探しにつき合ってくれたわけ?」

「最初に、敬愛するオルデール卿に誓ったからさ」

盗賊の令嬢は、口の端の方だけで、にやりと笑ってみせた。
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