出来事 開かれる洞門

ひとりのガルカが、転生の旅に出た。この小さな事件が、バストゥーク共和国で静かな波紋を呼んでいる。彼はガルカたちにとって長老的立場の人物で、ミスリル銃士アイアンイーターの師匠としても知られていた。

バストゥーク共和国は、はるか昔に砂漠の獣人アンティカとの戦いに敗れ、ゼプウェル島を追われたガルカが、長い放浪の末、天然の要塞であるグスタベルグ山地に峡谷を発見し、そこにヒュームたちと協力して集落を興したことに始まる。


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彼らはコロロカの洞門と呼ばれる海底洞窟を抜けてクォン大陸へと渡ってきたのだが、その道程では数々の悲劇が起こったという。故にここは、忌まわしき過去の記憶を封じ込めるために、長い間、禁断の地と定められてきた。

しかし最近、そのコロロカの洞門の開放を求める声が、鉱山区に住むガルカの間で強まっているという。

我々の中でも、最も古く個性的な伝統文化を誇るガルカは、この十数年間、不安な年月を過ごしていた。彼らの象徴的存在である“語り部”が、誕生しないままだからだ。

それでも、彼らは共和国の国民、時には兵士として、“語り部”がいない間も何とか義務を果たしてきた。

それは、英雄であるザイド氏と、長老的存在のウェライ氏のふたりが、不在となっている“語り部”の代わりにガルカの精神的支柱になっていたからだった。

しかし、頼みとするザイド氏は消息を絶って久しく、先日ついにウェライ氏までもが、死期を悟り、転生の旅に出てしまった。ガルカたちは、心のよりどころをすべて失ってしまったのである。

「ここは、呪われてるのよ。このまま住みつづけたら、俺たちゃほんとに滅んじまうかもしんねぇ。何世代か前の俺も住んでたっちゅう、ゼプウェルって島へ帰りてぇもんよ。なにも、覚えちゃいねぇんだがな」

ツェールン鉱山で働くガルカは、つるはしを持つ手を休めて、本紙記者にそう語った。

彼らは頼るべき者をなくした喪失感を癒すべく、かつての故郷への想いを強めているのだ。

“幾人かの冒険者や商人が、監視の目をくぐってコロロカの洞門を抜け、ゼプウェル島へ渡っている”という噂が、彼らの望郷の念を呼び起こしているのかもしれない。

“アルテパ回帰志向”と呼ばれる、このような一部のガルカの動揺が、共和国全体に波及するのを未然に防ぐため、大統領の発案で、冒険者をゼプウェル島へ派遣する計画が進行中であるという。

彼らに調査させ、かの島がすでに人の住めぬ地と化していることが確認されれば、ガルカの動揺も静まるに違いない、という目算のようだ。

果たして、計画は功を奏するのだろうか? 冒険者の調査報告が待たれる次第である。
Ainworth

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