読み物『ヴァナ・ディールの女たち』
第10回 追憶

生まれ故郷が獣人軍の手に落ちたという知らせを聞いたのは、13歳の誕生日を迎えた朝だった。その後間もなくして、戦争は終結を迎えた。

サンドリアでいくら待っても、父や兄が私を迎えに来ることはなかった。

幼いながらも、それが意味することは理解していたはずだったが、私はただの一度も涙を流さなかった。

タルタルの旧友もまた、留学中に故郷の家族を失ったひとりだったが、その後どうするのか、話し合うこともないままに、離ればなれになってしまった。父たちを毎日待ち続ける苦しみから逃れたかった私が、黙ってジュノへ移ったからだ。

ジュノで過ごした時代は、あまり自慢できたものではなかった。

自暴自棄に陥っていた私は、うさん臭い連中の商売に手を貸したり、命の保障もない傭兵となって辺境をさすらったりするような仕事ばかりを引き受けて、その日暮らしを続けていた。

かたや、旧友はといえば、立派に成長していた。彼女は終戦後も、ここサンドリアに留まって、何と、騎士として生きる道を選んでいたのだ。 写真 大戦初期、獣人軍に圧倒されたウィンダス連邦軍は、各地で敗退を続けていた。

多くの連邦軍兵士が立てこもっていた、東の拠点カルゴナルゴ砦も例外ではなく、獣人軍の苛烈な攻撃にさらされ、陥落寸前だった。しかし、ついに最後の防壁も破られようとしていた時、あるはずのない援軍が間一髪で駆けつけた。サンドリアの王立騎士団だ。

彼らは、自団の犠牲を厭うことなく、勇猛に剣を振るい、砦を死守した。この後、連邦軍は攻勢に転じ、ウィンダスは窮地を乗り切ることができた、と伝えられている。

「騎士団は、仇敵でもある連邦軍に手を差し伸べた。その尊い精神に感銘を受けて、わたしは騎士を志した」

旧友は、はっきりとした口調でそう語った。顔立ちは子犬のように愛らしいが、どうやら酒には強いらしい。

そして彼女は、こうつけ加えた。子供たちの笑顔を、守り抜くためにも、と……。

「君は、強いんだな。過去から目をそむけ続けた私とは、まるで違う」

「いや、歯を食いしばって過去を受け入れたから、強くなれたのだ」

互いにグラスを空にして酒場を出た私たちは、工人通りを抜け、監視塔に上った。昔、ふたりで監視兵の目を盗んでは、悪戯をしていた場所だ。

写真 思い出話をしながら、狭間から身を乗り出してみると、忙しそうに通りを行き交う人びとが一望できた。

各々が、何かを乗り越えて生きているような、そんな力強い生命感にあふれていた。

彼女が私に伝えたいことは、十分わかっていた。幼なじみとは、そういうものだ。

「安心してくれよ。もう、何からも逃げたりしないさ」

「そうだな、こうしてサンドリアに戻って来ることもできたくらいだ。もう、大丈夫なのだろうな……」

私には、少しだけ笑ってみせるのがやっとだった。
どうしてなのか、肝心な時には、決まって言葉が出なくなる。

ふと、目の前の景色が滲んできたことに気づいた私は、まぶたを閉じた。それでも、静かに流れ落ちる温かいものを止めることはできなかった。

20年という歳月を経て、私はようやく過去と対峙することができたのだ。
不思議なくらい素直に、そう思った。

旧友は、最後まで私の涙に気づかないふりをしてくれた。

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