読み物『ヴァナ・ディールの女たち』
第13回 ふたりのエルヴァーン

ミンダルシアの空は、とてつもなく広かった。土のにおいを乗せてくる乾いた風に、新たな旅が始まったことを感じながら、私はブーツの紐を固く結び直す。そして右肩に荷物を担ぎ直し、1歩1歩を味わうように大地を踏みしめて歩きだす。いつの頃からか始めた、出立の儀式だ。

それから数週間を費やし、私はソロムグ原野を旅した。

ある晴れた日、好奇心にかられて北部にまで足を伸ばした私は、偶然、陽光に輝く海を臨む場所へと出た。シュ・メーヨ海だ。

そのまま海に向かって歩を進めると、どう猛な肉食獣として知られるラプトルのほっそりとした影が、行く手にちらりと見えた気がした。何となく気になった私は、手をかざして日差しを遮り、目を凝らしてみた。

すると、ラプトルの側に人影らしきものが見える……。どうやら、エルヴァーンの少女のようだ。

とっさのうちに、私は剣に手をかけたが、次の瞬間それを離した。少女が自らラプトルに近づいて、その背をなでてやるのを目にしたからだ。

ほっと胸をなで下ろした私は、少女に声をかけて歩み寄った。

振り返った少女の長い前髪は、突然、崖下から吹き上げてきた海風に踊った。あわてて髪を押さえた少女は、はにかんだように見えた。

少女の隣に立ち、眼下の断崖をまじまじと眺めた私は、息を飲んだ。

「なんて所だ……」

切り立った大地の断面は、明らかに変質し、黒曜石のような光沢を帯びていたのだ。これまでの長旅で奇妙なものを見慣れていた私も、この壮絶な光景には絶句するしかなかった。

「……まるで地の果てのよう」

私が失った言葉を代弁するように、少女が言った。

ここで、何が起こったというのか?
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私は、ほとんど放心したまま足元に荷物を下ろし、クロークのフードを脱いだ。

「この海、大きな円のように見えるんです」

海風にかき消されないように、少女は精一杯大きな声を出した。

少女が広げた世界地図を覗き込むと、確かに、私たちが立っている崖も、海岸線が描く巨大な弧の一部だった。円の中心はクフィム島付近の海域だ。

少女は、あるモンスターを探して冒険をするうちに、この海の不思議に気がついたのだそうだ。

ふと私は、ジュノの酒場に入り浸っていた昔、賢者と自称する男から聞いた話を思い出して、顔を上げた。

「聞いた話では、大昔に空から焼けただれた巨岩が落ちてきて生まれたのが、シュ・メーヨ海だとか……」

「それは、たぶん違うよ」

凛とした声が、私の言葉を遮った。

強い海風のせいで、その足音には気がつきもしなかったのだが、私たちの背後には、チョコボに乗ったエルヴァーンの女の姿があった。

彼女は、驚く私たちの目の前で鞍から飛び降りると、話を続けた。
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「知ってる? 空から落ちてくる岩石には、地上に存在しない物質が含まれてるものなんだ。でも、この海岸の地層からは、いまだにひとつも見つかってないの」

「君、随分と詳しそうだな」

さばさばした態度から冒険者だろうと思っていたが、彼女は地質を研究している学者だと名乗った。

彼女は金属製の杭でロープを固定して、もう一方の端を腰に結わえると、臆することなく崖を下りて、結晶化した岩石を採取し始めた。

その様子を上から見学していた私と少女に、彼女はこの海にまつわる話を聞かせてくれた。

人間の愚行に怒った神々が大地をえぐり取ったという、神学者の説。海底火山の噴火で結晶化した地層が浸食で露出したという、錬金術師の説。ボムたちが争って大爆発が起きたという、アラゴーニュ地方の伝承……。

もっともらしい学説もあれば、腹を抱えて笑ってしまうような民話もあり、大いに楽しませてもらった。

饒舌な学者と比べて獣使いの少女はもの静かだったが、頬を上気させながら、不思議な話の数々に耳を傾け、時折くすくすと笑った。

ラプトルは少女の隣で案外とおとなしくしていたが、学者のチョコボに興味を示して興奮気味に鳴くこともあった。そんな時少女は、落ち着いた仕草でたしなめたり、餌をやったりしていた。

そうこうするうちに、日没が近づいてきた。学者は渋々作業を切り上げて崖から上がってくると、夕日のわずかな光を頼りに、数十点にも及ぶ岩石のサンプルを分類し、次々と仕切りつきの箱に収めていった。

「こうして研究を続けてても、実際、この世界はわからないことだらけなんだ。けど……、解けそうにない謎が残されてる方が断然楽しいかな」

彼女はそう言って屈託のない笑顔を見せたかと思うと、ひらりとチョコボに飛び乗って去っていった。

別れの言葉すら述べる隙も与えられなかった私たちは、遠ざかっていくチョコボの後ろ姿をただ呆然と眺めていた。やがて、彼女の茜色の髪は、夕日に溶けて見えなくなった。

「つむじ風のような女だった……」

思わず私がつぶやくと、少女は初めて元気な声で笑った。

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