エルシモ島に棲むトンベリは、なぜか包丁を手に襲いかかってくる。その凶暴さといったら、冒険者たちでさえも恐れるほどだ。そんな彼らに信仰という文化があったことを、偶然発見された紙片が世に知らしめた。
事件は、とあるヒュームの料理人が、ル・ルデの庭でこんな噂話を仕入れたことに端を発した。
「ウガレピ寺院のトンベリが、とてつもなく切れ味のすばらしい、幻の包丁を持っているらしい」
常に最高の食材と調理道具を追求していたその料理人は噂の真偽を確かめようとして、必死で止める妻を振り切り、単身エルシモ島へ渡った。
彼は、カザムで目星をつけた冒険者の一行をこそこそとつけて、まんまとヨアトル大森林を抜け、何とか無事にウガレピ寺院までたどり着くことに成功した。
ところが、いざ寺院に入ってみると、彼はトンベリたちに囲まれ、追い回されるはめになった。
「まさか、あんなに話のわからないヤツらだったとは……。こっちは土産物まで持っていったっていうのに目があった途端、包丁を構えて追いかけてきたんですよ!?」
必死に逃げまどいながら、彼はジュノに残してきた妻と幼い娘のことを思い、己の身勝手さを詫びたという。
そう、普通ならば生きては帰れないところだ。しかし、彼は強運の持ち主だった。
すんでのところで通りがかりの冒険者に救出され、無事にカザムまで送り届けられたというのだから……。
しかも、ちゃっかりしたもので、料理人はその時、トンベリが着ていた小さな亜麻のコートを手に握りしめていた。包丁は諦めたものの、せめて何か珍しいものを持って帰りたいと思い、冒険者が倒したトンベリからこっそり拝借してきたのだそうだ。
さて、彼が無事にジュノへ帰った夜のこと。この珍しい土産物を、ためつすがめつして見ていた彼の妻は、大発見をするに至った。
「目立たない場所に縫いつけられた小さなポケットの中から、うちのヤツがヘンな紙切れを見つけたんですよ。ほら、これです!」
彼から紙片を受け取った記者は、羅列された文字らしき奇怪な紋様にただならぬものを感じ、獣人言語にも詳しい種族研究者のEmanritan(エマンリタン)教授の研究室に持ち込んで、解読を依頼した。
その結果、紙片に記されていたのは古代文字の一種であり、次のような意味をもつ言葉であることが判明したのである。
トンベリの民よ!「角灯」を持て。
真実の陽が射す、その日まで、
怨みの灯火を絶やさんがため。
トンベリの民よ!「包丁」を持て。
その刃にて、アルタナの民を捌き、
真の女神ウガレピに捧げんがため。
Emanritan教授は、感心しながらこう述べた。
「まったくもって素晴らしい発見です。おそらくこれは、ウガレピという女神を信仰する彼らが大切にしている教典の一節でしょう」
見境なく襲いかかってくる彼らにも、人間と同じように、神を信仰する文化があったというのだから驚きだ。
そればかりか、彼らはウガレピという女神を寺院にまつり、そこで彼らにとっての邪神である女神アルタナとその民、すなわち我々人間のことを怨み続けてきたのである。
「しかし、少々気になりますな」
教授は、首を傾げてみせた。
「アルタナさんと我々人間を怨むこと自体が、トンベリたちの教義の柱になっているようなんですけどね、単なる異教の神と、その信者というだけでは、いくら何でもあそこまでの怨念を抱けないんじゃないかと思うわけですよ。
むしろ過去に決定的な何かがあったと考える方が自然じゃないでしょうかね?」
いったい、何が彼らに角灯と包丁を握らせたというのだろう? 古ぼけた紙片は、それ以上物語ってくれなかった。
後日、ヒュームの料理人に、この解読結果を報告すると、彼は言った。
「"真実の陽が射す、その日"ですか……。いつか、すべてが明らかになる時がやってくるってことでしょうか。
まぁ、トンベリのヤツらが何をぬかそうと、俺はアルタナの女神様のことを信じ続けるだけのことですよ。
あんな恐ろしい場所に行ったのに、こうしてピンピンしてるのだって、俺に目をかけてくださってるってことでしょうし、ね?」
Rirukuku