読み物 修道士ジョゼの巡歴
第1歩 ゲルスバ砦のオーク族


6月27日
まだ短い修道院生活のどこで僕は間違いをしでかしたというのだろう。崇高な暁の女神の教えを、愚かで邪悪な獣人に布教するなんて、土台無理な注文ではないか。これでは殺されに行くのも同然だ。

通訳兼道案内として院長に推しつけられた同行者のLeadavox(リーダヴォクス)だって信用できない。僕に背を向けて何かをむさぼっているけど、不恰好なマスクの下で何を考えているのか、さっぱり分からない。

それでも、僕は夜が明けたら彼女と共に、オーク族が砦を築いたゲルスバ山を登らねばならない。

女神よ、我を導きたまえ。


6月28日
入山と同時に、僕らは恐ろしげな格好のオークの兵士たちに取り囲まれた。それからの僕の運命は、交渉役のリーダヴォクスに委ねられた(裏切られるのではないかと疑って、震えていたことを、いつか彼女に謝りたい)。

その時、オーク語でどんな会話がされたのかは分からない。
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ただ、隊長らしき一際大きなオークの手に、彼女が何かをそっと握らせたのが見えた。それが効いたのか、半日後、僕たちは捕虜から一転、賓客として彼らの砦に迎えられた。

軍事拠点であるはずなのに、老若男女を問わず、あらゆるオークを見かけた。ひょっとしたら、彼らは一族まるごと、この山に入植しているのかもしれない。

砦内は、そこかしこに骨が散乱し、耐えがたい腐臭が漂っていた。護衛のオークに急かされながら、山道を登っていくと、やがて眺望が開けた場所に出た。

幾重もの壁に護られたサンドリアの街や、その北に広がるルフェ湖、そして修道院が点在するジャグナー森林までも一望できる景観に僕は戦慄した。王国を見下ろす霊峰ゲルスバは、いまや侵略者の手中にあるのだ。

明日は、この砦を預かる“長牙族”の族長に謁見できるそうだ。今、この日記を書いている間も、右手の震えが止まらない。

女神よ、我を護りたまえ。


6月29日
今日の族長との会談は、友好的という言葉とは、かけ離れたものだった。

“布教”という目的に不審を抱いたのか、彼は片言の共通語を使って、僕を質問攻めにしたのだ。“尋問した”という表現のほうが正しいかもしれない。だけど逆に、質問に質問で返すことで、オーク族についての知識を得ることもできた。

彼らは、はるか北方の広大な大地を中心として、巨大な帝国を築いていること。皆が兵であり、軍に属していること。肉体は生後3年で成熟するが、オーク語を話せるようになるには8年もかかること。幼い頃から常に戦争や決闘に明け暮れるため、長生きしている者は稀で、尊崇されること。

また、彼らの教義らしきものについても、リーダヴォクスの助けを借りて、族長から聞き出すことができた。

砦のいたる所に記された円と点でできた印は、“命来たりて、再び帰る場所”を意味しているという。

「勇敢に死んだ魂、帰る、またオークとなる。無様に死んだ魂、帰る、許されない、他の生き物になる」

彼らの死生観は、永遠に続く戦いの中にのみ存在しているらしい。何と殺伐とした、野蛮な考え方だろう。僕は女神の慈悲を説き、楽園の存在を伝え、彼らを救済しようと精一杯努力した。しかし、すべては徒労に終わった。

「負けて、命取られない。怪我して、心配される。それ、オーク、最大の侮辱。慈悲、よくない」

やはり、彼らには、難しすぎたのかもしれない。しかし、これも試練のひとつ。

女神よ、我に英知を授けたまえ。


6月30日
起床して朝の祈りを奉げていた時、心境の変化に自分でも驚いた。あれほど心を支配していた恐怖は影を潜め、この地に逗留して布教活動に専念する気になっていたのだ。

しかし、その望みは適わなかった。リーダヴォクスが、オークたちが"僕に飽きだしている"と教えてくれたのだ。

「ゴブリンに、こういう歌ある。

お客さんッお客さん♪
 日帰り歓迎。1泊は軽蔑。
 2泊しぃたら、晩メシよ!


長居は禁物のようだった。

下山する時、巨大な鍋を火にかけている女や、何かの臓物を膨らませた風船で遊んでいる子供を見かけた。あと少しでも出立が遅れていたら、あぁ、想像するだけでも恐ろしいことになっていただろう。
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結局、僕は布教どころか、彼らの信頼を得ることもできなかった。けど、理解しあうための対話をすることはできたのも確かだ。

敗北感とかすかな満足感を味わいながら、僕はもう一度、この場所に訪れることを心に決めた。

でも、まずは他の獣人に当たってみよう。リーダヴォクスに案内を頼むと、彼女は快く引き受けてくれた。

「賢いリーダ、いた方が安心。愚かなジョゼ、1人では心配」

女神よ、我に祝福を与えたまえ。

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