読み物 修道士ジョゼの巡歴
第2歩 アルテパ砂漠のアンティカ族

7月22日
見渡す限り、広大なアルテパ砂漠が広がっていた。

「ゴブリン、暑いの苦手。道案内、ここまで。ジョゼの神さん、新しいガイド」

ようやくリーダヴォクス(Leadavox)の毒舌に慣れてきたとはいえ、岩陰に隠れた彼女の一言には驚かされた。この炎天下の砂漠に僕ひとり置き去りにして、どうやってアンティカ族の居住地を探せというのだろう。

途方に暮れたのはつかの間だった。リーダヴォクスが、干からびかけたアンティカの死体を見つけたのだ。話には聞いていたが、甲虫のような殻に被われた異様な姿は、僕らとはまったく異質の生き物であることを物語っていた。

埋葬しようと近づくと、目の前の砂が盛りあがって1人のアンティカが姿を現した。驚く僕たちに見向きもせず、あろうことか彼は死体から装備品や殻を剥ぎ取り始めた。

写真 死者への冒涜に、僕は抗議を試みたが、彼は言葉が分からないのか、手際よく回収した物をまとめ終え、肩に担いで立ち去ってしまった。死体を埋葬してやりたかったけど、リーダヴォクスの提案で、僕たちはアンティカの後をつけることにした。

重い荷を背負っているのに、彼はひたすら歩き続けた。やがて月が昇る頃、半ば砂に埋もれた建造物へ到着した。彼はそのまま中に入っていく。

夜も更けてきた。今夜はこの岩陰で休むことにしよう。

砂漠の夜の冷え込みは厳しい。女神よ、我に根性を授けたまえ。


7月23日
勇気を奮って、建造物に入ることにした。中の通路は、しばらくすると下り階段に変化していた。どのくらい降りたのだろう、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえ始め、やがて大きな地下広場に出た。

そこには、何百というアンティカが大きな円を成して、中心の方を見つめていた。中央で、2人のアンティカが激しく戦っているのがちらりと見えた。

この時、僕はこれだけ大勢いるにも関わらず、歓声はおろか咳ひとつ聞こえないことを奇妙に感じていた。

やがて勝負に興奮したリーダヴォクスが歓声を上げたが、彼らは僕らに見向きもせず、まるでそれが義務のように、ただ試合を見続けていた。

勝敗が決し、敗者にとどめがさされた。すると、彼らは特に勝者を称えるでもなく、すぐに敗者をその場で解体して回収し、隊列を組んで広場から出ていってしまった。

広場に取り残されたのは、さっきの闘いの勝者だけだった。彼は腹部に傷を負い、荒い息をしていたが、僕を凝視していた。僕らに興味を示した唯一のアンティカが、彼だった。

それを見たリーダヴォクスは、細かい刻みが入れられた2本の棒を取り出すと、それを擦り合わせてギィギィと鳴らした。すると、彼は頭を動かして、同じような摩擦音を返してきた。どうやら、この奇怪な音が、アンティカ族の言葉のようだった。

彼の名前は“セクトル2734”。交渉が成立すると、セクトルは狭い部屋に招待してくれた。だが、彼は僕たちに甘い半透明の食べ物を手渡すと、ぐったりと壁にもたれかかり、そのまま動かなくなってしまった。

すでに血は止まっていたが、だいぶ体力を消耗していたらしい。女神よ、セクトルに安息を与えたまえ。


7月24日
セクトルとの会話に丸1日を費やした。あの棒から出る摩擦音には様々な情報が含まれているらしく、やり取りに時間はかかったものの、アンティカ族について多くの知識を得ることができた。

彼らが帝国と呼ぶアンティカの国は、集団を機能的に運営することを目的として、高度に組織化されているようだった。

“大多数にとって有益かどうか”が彼らの判断基準のすべてなのだ。徹底した全体主義は、個性や感情はもちろん、個人という概念すらも許していないという。

孵化する前から、仕事と階級そして識別番号を定められている彼らは、生後数ヶ月で一人前となり、以後は集団の中で特定の役割を果たすことに専念させられる。 やがて“帝国に寄与できなくなった者”すなわち死者は解体され、防具の素材と食糧と化し、その役目を終えるのだそうだ。

写真 僕はセクトルに、女神の存在と教義を噛み砕いて伝えてみた。異質な世界に生まれた彼が、どこまで理解できるかは疑問だったが、セクトルはよく質問し、何とか理解しようと努めているように見えた。

だが、最後に彼はこう言った。“不要な疑問を抱き、質問している自分は、集団の異端者かもしれない”と。

明日、彼は再び闘技会に出場するという。女神よ、新たなる友を護りたまえ。


7月25日
僕は、今日という日を生涯忘れることはないだろう。

セクトルを含む剣闘士の役割とは、自他を問わず、同朋を“帝国に寄与できなくする”ことだという。 戦力を高めるための剣闘士の淘汰、あるいは人口調整。理由はいくつか想像できるけど、確かなのは “セクトル2734”が、その最後の役目を終えたということだ。

一昨日と比べて、素人目にも今日の彼の剣には迷いがあった。彼は、とどめをさすべき時に躊躇し、逆にその隙を突かれてしまったのだ。 僕らと出会わなければ、女神の存在を知らなければ、セクトルは今も生きていたのかもしれない……。

果たして、彼の生涯は幸せだったのだろうか。

「幸せって、なんだろオ?
 そぉれは幸せ知らないことぉ♪
 幸せって、なんだろオ?
 そぉれは何にも知らないことぉ♪」

リーダヴォクスの嫌味な歌に耳をふさぎながら、僕は砂に埋もれた砂漠の獣人の居住地を後にした。 闘技会に興奮したリーダヴォクスが、あの棒を折ってしまい、彼らと会話する術は、もう残されていないから……。

女神よ、セクトルを楽園へと導きたまえ。

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