連載 修道士ジョゼの巡歴
第4歩 星の神子の侍女長

9月26日
下船する時、帽子を目深にかぶり、緑色の服を着たリーダヴォクス(Leadavox)が自信満々に言った。

「リーダ、タルタル。ウィンダス、歩ける。問題ないタル」

だけど僕たちは、桟橋から足を踏み出して数歩も歩かないうちに、入国審査をしていたタルタルの兵士に呼び止められてしまった。兵士は彼女を魔法で拘束して宙に浮かせると、桟橋の方へすっと動かし、その上にストンと落とした。彼女は何が起きたのか咄嗟に理解できず、きょとんとしていた。これが、噂に聞く連邦の魔戦士だろうか。

「おまえの国ではゴブリンとデートするのか、エルヴァーン? 入国許可を取り消すぞ」

その後、僕はその魔戦士にこってり絞られた。

ウィンダスでは、交易に来るゴブリンのため、桟橋と舟上のみ彼らに開放しているらしい。リーダヴォクスは再挑戦を希望していたが、僕はもう無用のトラブルは避けたかった。表向き、王国と和戦を締結しているとはいえ、ここでは僕もよそ者、警戒されて当然なのだ。

宿に決めた「ララブのしっぽ亭」の部屋の窓からは、この国のシンボル“星の大樹”の威容がよく見えた。

あそこに住む星の神子なる者が、このウィンダスを統べているのだという。しかも、その者はあろうことか暁の女神の生まれ変わりであるとか。そんなことがあり得るわけがない。

明日は星の大樹を訪ねてみようと思う。女神よ、我に真理の槍を授けたまえ。

9月27日
側で見る星の大樹は、僕が思っていた以上に巨大だった。南北に伸びる参道を渡って、太い幹の内部へ入る。大樹の中は吹き抜けのホールのようになっており、奥の受付に巫女らしきタルタルがちょこんと座っていた。

彼女に「星の神子に謁見したい」と告げる。すると、しばらくして現れたのは、侍女長と称する女性だった。

「ゴブリンを街に連れ込もうとしたエルヴァーンとやらはあんただね。どこぞのスパイかもしれない輩を、星の神子さまに会わせるわけには行かないよ」

下から睨みつける彼女の言葉は辛らつで、僕は謁見をあきらめるしかなかった。

気晴らしに桟橋を訪ねると、リーダヴォクスはそこにいた他のゴブリン貿易商との商談がまとまったとかで、とても上機嫌だった。

ふと、北の方を見ると、星の大樹をここからでも望むことができた。明日もあそこを訪ねよう。女神よ、我に不屈の盾を授けたまえ。

9月28日
今日も、門前払いにされてしまった。

街の人々の中には、僕を見て顔をしかめる人もいるが、多くの人は親切で、明るい笑顔を向けてくれる。子供たちは、まだエルヴァーンが珍しいのだろう。人懐こく僕の後についてきて、にこにこと見上げたり、真似して大きな歩幅で歩いたりして、とても愛らしい。

一見したところ、皆、心から幸せそうだった。だけど、星の神子が女神アルタナであるはずがない。彼らはだまされているかもしれないのだ。僕は、そう考えることで、ふと浮かんだ邪念を振り払った。

女神よ、我に不惑の冑を授けたまえ。

9月29日
侍女長と対談することができた。

「これ以上しつこいと、口の院に突き出すよ! 今の院長は歴代でも特に過激な人だから、身の安全どころか命の保証もできないからね!」

そう脅されても引き下がらなかった僕に対して、ついに彼女が折れたのだ。

ズババ(Zubaba)侍女長に一室へと案内された僕は、ウィンダスの歴史と星の神子について教えてもらった。
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タルタル族の放浪の旅と、約束の地サルタバルタの発見。そして“暁の女神”の生まれ変わりの少女が天啓を受け、魔法を授かったという伝承。

一通り語り終えた後、ズババ侍女長は僕に質問した。

「それで、あんたは星の神子さまに会って、どうしたいんだい?」

即答することができなかった。

僕は、国教会の教えを広めることが、すなわち皆の幸せにつながるとずっと考えていた。だけど、昨日見た幸福そうな街の人々を思い出すと、正しいことを教えることが本当に彼らの幸せになるのか、分からなくなってしまったのだ。

その場を適当な言葉でつくろうと、明日の面会を約束し、部屋を辞した。

外に出ると、夜空一面の星が街を照らしていた。女神よ、我が知恵の松明をも灯したまえ。

9月30日
窓から朝日が射した時、僕は女神の声を聞いた気がした。

「そなたの使命は、わたくしの教えを説いて、人々を幸福へと導くこと。混乱を招くことが目的ではないはずです。形は違えども彼らはわたくしを信じてくれています。それで十分ではないでしょうか」と。

星の大樹に行くと、ズババ侍女長がわざわざ門まで出迎えてくれていた。

僕は、今朝のことは心中に秘め、「女神さまは寛容なお方。様々な形で我々に啓示をお与えくださる」と言った。
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「ふん、サンドリアにも素直な人間が、少しはいるみたいだ。それで、あんたはどうしたいんだい?」

彼女は、僕が“神子を容認した”と誤解したようだったけど、あえて否定しなかった。神子とは会えなかったけど、ズババ侍女長との対談は、大きな成果だと思う。僕はそう彼女に告げた。正直な気持ちだった。

すると、彼女は「そうかい。じゃ、またウィンダスに来たら顔を出すんだね」とつぶやいた。フードで、その表情は見えなかった。

リーダヴォクスの様子を見に、港へ行くと、ゴブリンたちが2列に並び、向かい合って歌っていた。

「金のバケツはいっかがですぅ♪」
「間に合ってるから結構でぇす♪」
「でぇも、高価な物でっすよぉ♪」
「そんな重いの、使えませぇん♪」

女神よ、彼らに懲罰の鞭を与えたまえ。

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