連載 修道士ジョゼの巡歴
第5歩 獣人都市のヤグード族


日付不明

筆を動かすたびに、激痛が走る。今がいつで、ここがどこなのかも分からない。薄暗い石造りの部屋で意識を取り戻した僕は、激しい雨音を聞きながら、この日記をつけている。

確かなのは、死刑に処されたはずの僕は楽園の扉を開くことなく、なくした荷物と共に、何者かによってここへ運び込まれたということだ。

まだめまいがするけど、自分の身に何が起きたのか思い出さなければいけない……。

あれは、ヤグード族の都市ギデアスに到着した日のことだった。

ヤグード族については、ウィンダスのズババ侍女長から詳しく聞いていた。タルタルがサルタバルタに定住する前から、大陸に住んでいたこと。

ウィンダスとは、互いに相容れることのない仇敵同士であること。彼らの中から選ばれた者が、恐れ多くも神を騙り崇拝されていること。

もっとも彼女の話を聞くまでもなく、彼らヤグード族が僕の旅における最大の難関となることは分かっていた。あまりにも野蛮な教義と、時に狂信的ですらある信心深さは、遠くサンドリアにも知れ渡っていたからだ。

「ヤグード、ジョゼのぜぇんぶ、嫌い。気をつけて注意、よいな?」

道案内兼通訳のリーダヴォクス(Leadavox)もこう助言していたように、もっと慎重になるべきだった。僕にとって当たり前の行為が、彼らを刺激してしまったのだから。

ギデアスで最初に出会ったヤグードは親切で、「人間、この先、歓迎されない。旅人、危険よ」と、慣れない共通語で忠告してくれた。

だけど、僕が「親切なあなたに女神の加護を」と、手をかざして祝福した途端、彼は豹変した。押し黙って身を震わせたかと思うと、経文を唱えながら襲いかかってきたのだ。
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後で尋問官から聞いたのだけど、ヤグード教徒にとって異端の神であるアルタナの祝福は呪いにも等しいもので、それを受けること自体が、死罪に値するのだそうだ。

避ける間もなく、怒りに任せた鈍い一撃を頭に受けた僕が、遠のく意識の中で最後に見たのは、逃げていくリーダヴォクスの後ろ姿だった。

次に目を覚ました時、僕は、自分がヤグード族に捕らえられ、彼らの監獄に閉じ込められたことを知った。ギデアスの監獄は、無数の尖塔とその頂にある檻から成る風変わりな造りで、他の塔の檻にも同様に囚人がひとりずつ捕われているようだった。ある塔では、痩せこけたヒュームが身じろぎもせずに座り、別の塔では、羽根をむしられたヤグードが訴えるように何かを歌い続けていた。

空腹で立ち上がることもできなくなり、このまま餓死させられるのでは、と不安になった頃、尋問官だと名乗るヤグードが入ってきた。彼は流暢な共通語で、声を張り上げながら、僕に詰問をはじめた。ギデアスを訪れた目的、サンドリアの国情、僕が見聞してきたオークやアンティカ、サハギンの軍備などなど。そして、僕の生い立ちに関することまで……。

スパイをするために各地を訪れているわけではない。僕は、それらの質問に対し、適当にはぐらかしながら答えていた。だけど、それが許されたのも、質問が彼らの敵のことに及ぶまでだった。ウィンダスの情報を彼らがもっとも欲していることは、質問が具体的になったことで、すぐに分かった。そしてその分、はぐらかすことが難しくなった。

どんな理由があろうとも、罪なき人々を売る真似などできる筈がない。

「質問には答えられない」

きっぱりとそう断ると、尋問官はくちばしをカタカタと鳴らした。多分、僕を嘲笑ったのだと思う。彼はおもむろに鞄から黄色い液体の入ったビンを取り出すと、僕の口をこじ開けて無理やり喉に流し込んだ。

少し甘いその液体が何だったのかは分からない。ただ、しばらくすると、僕の身体から急速に力が抜けていくのを感じた。

その後、ゆっくりと尋問官が質問を始めたけど、よく覚えていない。ただ、僕は彼の質問にすべて答えてしまっていたような気がする。

唯一、はっきりと覚えているのは、耳打ちされた女神への冒涜だ。彼は、修道士たる僕にこう囁いたのだ。

「我らが神に帰依し、間諜となれ。命だけは助けてやろう」

「偽りの邪神に誰が仕えるものか」

僕は確かにそう答えた。それを聞いた尋問官は、怒りを隠そうともせずに僕を罵り、檻から出ていった。

代わりにやってきたのは拷問官だった。彼は“現人神に慈悲を乞う権利”が罪深き異教徒にも与えられていると告げ、くちばしを鳴らした。
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つまり、邪なる神にひざまずき、死を懇願しろ、というのだ。僕がそれを拒絶すると、容赦のない責め苦が開始された。

爪の隙間から走る激痛、自分の皮膚が焦げる臭い。気絶するたびに水がかけられ、そのたび、僕は体に傷が増えたことを痛みで知った。拷問は何日にも渡って、執拗に続けられた。

けれど、僕はその間、一度たりとも邪教の神に慈悲を乞おうとは思わなかった。

そして、ついに拷問官の方が屈服した。僕は10日以上続いた拷問に耐え、彼らに勝利したのだ。それは即ち、死刑を意味していたのだけれど、僕にはそれが誇らしかった。

檻から引きずりだされた僕は、今度はギデアスを見下ろす岸壁に鎖で縛りつけられた。隣には、檻で歌っていたヤグードが同じように縛りつけられている。しかし、すでに彼の息はなく、その肉体を死鳥がついばんでいた。見上げれば、無数の死鳥が弧を描きながら飛んでいた。憔悴していた僕は、薄らいでいく意識の中で、わずかに動く唇を噛みしめた。眠ったら最期、彼らの餌食にされることは明らかだったから……。

僕の記憶は、そこで途切れている。


そして雨音で目を覚ますと、僕はここにいた。

その後、何が起きたのか分からないけれど、傷口に包帯が巻かれている以上、僕は誰かに助けられたということなのだろう……。

ここまで書いただけでも、ひどく疲れてしまった。
今頃、リーダはどんな鼻歌を歌ってるのかな……。

女神よ、恩寵に感謝します。

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