『カーバンクルのうた』

 昨日は宝石商の小箱に潜み
 今日は貴婦人の薬指を飾り
 明日は貧者の命を助く

 求むる者へと渡りながら
 内なる声聴く主を探す
 ひとつの紅玉があると云ふ

 その名を“カーバンクル”
 赤き血潮 流るる石


 昨日は街の水路を流れ
 今日は干潟の砂に埋れ
 明日は森の朽葉に眠る
 海や陸を流離いながら
 運命の糸ひく主を待つ
 ひとつの紅玉があると云ふ

 その名を“カーバンクル”
 夕映えの色 留むる石


 昨日は烏巣の卵間に光り
 今日は魔物の片目に輝き
 明日は少女の胸元を彩る

 獣や人に愛でられながら
 優しき心の主を試す
 ひとつの紅玉があると云ふ

 その名を“カーバンクル”
 七色の光 秘めたる石


“カーバンクルのうた”は、タルタルに古くから伝わる民謡である。

“カーバンクル”といえば、召喚士のかけがえのない友として、今や冒険者の間でもよく知られる召喚獣の名と同じである。この詩の題は、その召喚獣と詩の内容が何らかの関係があることを示唆しているのではないだろうか?

召喚士を通すことで、カーバンクルに直接取材できれば、その疑問が解けるかもしれない。

記者はそう考え、カーバンクルに取材させてほしいと、ある召喚士に申し込んでみた。しかし、残念ながらその返事は素っ気ないものだった。

「あいつを呼び出すのには、あんたが想像している以上に精神を磨耗するし、危険もある。興味深い質問だけど、そんなリスクは冒せない」

ところがそれから数日後、意外にも彼の方から「やはり取材に応じよう」と、連絡があった。

さっそく取材に赴くと、彼は“やっと手に入れたんだ”と言って、手にはめたミトンを大事そうに見せてくれた。一見、何の変哲もないミトンだったが、彼によると、カーバンクルの召喚に対する術者の負担が軽減される、貴重な品なのだそうだ。
あいさつもそこそこに、彼は呪文を唱え始めた。すると、主の呼びかけに応じ、まばゆい燐光をまとう小さな青い獣が、いずこからともなく現れ、目前にふわりと降りた。

カーバンクルだ。

早速、筆者は件の疑問を投げかけてみた。

「その詩なら知ってるよ。詩とおなじで、ずっと宝石の中でボクの声を聴いてくれる主を待っていたんだ」

召喚士によって伝えられる彼の言葉は、予測どおりの内容だった。それでは、なぜあの歌は、民謡となってタルタルに受け継がれていたのだろう?

「それは分からないよ。だけど、ボクの強い願いが、誰か感受性の強い人の心に届いて、それを詩にしてくれたのかもしれないね」

なるほど、魔法に長けた種族なら、カーバンクルの小さな声を聴ける者がいても不思議ではない。本人がそれと気づかず、寝ている時にカーバンクルの声を聴き、その夢を詩として残した、ということも考えられる。

カーバンクルは、今の主と出逢うまで、どのような半生を送ってきたのだろう。

「歌のとおりだよ。いろんな人の手に渡って、その運命を見てきた。幸せに包まれる人、何を手にしても満足できなくなった人、心が歪んでしまった人……。何もできなかったけれど、彼らの運命を変えるきっかけは、いつもボク……。そして、その最期を見届ける役も……」

その言葉を伝える召喚士は、とても寂しげな表情を浮かべていた。カーバンクルの想いを強く感じてしまったのだろう。

カーバンクルは消える前に、一際高く鳴いた。それを聴いた召喚士が、涙でむせてしまったため、それが何を意味していたのか、彼の口から伝えられることはなかった。しかし、記者にはなんとなく推測できた。きっと「今、とても幸せなんだ!」と叫んだのではないだろうか。

数奇なる運命を経て、真の主を見つけたカーバンクル。

今こそ、民謡“カーバンクルのうた”に、新たな一節を加えても良いのではないだろうか。

「悠久の時を揺蕩う紅玉、ついに主の胸に輝いた……」と。

Zenngg

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