10月17日
夢を、見た。

土砂降りの草原で、人間と獣人の軍勢が凄惨な戦いを繰り広げる中、争いを止めさせようと叫びながら戦場をさまよう。そんな夢だった。

その悪夢から僕を呼び覚ましたのは、鼻を突く異臭と、聞き覚えのある歌声だった。

「出汁にゃ、がらがいっちばん♪
 ふむふむッ♪
 隠し味にゃ、玉茸がいっちばん♪
 ほうほうッ♪」

身を起こして見ると、大きな鍋とゴブリン――、リーダの後ろ姿が見えた。その時、疑問が解けた。

処刑場から僕を救い出してくれたのも、拷問を受けた身体を介抱してくれたのも、すべて彼女だったのだ。床に毛布が落ちる音に気づいたのか、リーダが振り向いた。くたびれた革のマスクが、とても懐かしく感じられた。

「助けてくれたんだね? リーダ」

その問いに答えず、リーダはパンとミルクを持ってきて僕に押し付けると、そのまま鍋の方へ戻っていった。

「食べて寝る。いいな」

僕を助けたことで、リーダはもうヤグードに敵視されているかもしれない。そんな危険を冒してまで、彼女は僕を助けてくれたのだ。

パンをかじると、塩辛い味がした。気がつくと僕は涙を流していた。

女神よ、素晴らしき友に感謝します。

10月18日
目が覚めると、僕のいる廃屋には、リーダの他に4人のゴブリンがいた。彼らは、ウィンダス港の桟橋にいたゴブリンたちだった。

僕がヤグードに捕らえられたあの日、リーダはウィンダスに走って彼らに応援を求めたのだそうだ。彼らの協力がなければ、僕は命を落としていただろう。

彼らに礼を述べた僕に、リーダが1人ずつ紹介してくれた。

傭兵のグルーミクス(Gloomix)は、リーダと昔馴染みで、以前は2人で各地を旅していたという。

錬金術師のゴブリンは花火作りが得意で、彼の花火が僕の救出作戦でも役立ったそうだ。密貿易を生業としているゴブリンは、ジュノのなんと か堂と強いつながりがあるらしい。探検家のゴブリンは、リーダが仕入れていた辺境の地図を高額で買ったと言っていた。

ひととおり紹介し終えた後、リーダがさらりと口にした言葉の意味を、僕はすぐには理解できなかった。

「リーダ、こいつらと旅する。ジョゼ、今夜でさよおなら」

僕がその言葉に反応するよりも早く、彼女は部屋から出ていってしまった。

ぼうぜんとする僕に、ゴブリンの錬金術師が説明してくれた。

彼が言うには、クォン大陸の北方で獣人同士の戦が始まるらしい。そこで行われている大規模な徴募への参加計画を練っていた彼らは、報酬交渉を有利に運べるよう、言語に堪能な者を探していたという。そのため、彼らはリーダの同行を条件に、僕の救出に協力したのだそうだ。

「人間、臭い。ゴブリン、臭くない。人間、キライ大キライ。さよおなら。リーダ、幸せ!」

そう言って、意地悪そうに笑っていたのは、傭兵のグルーミクスだった。

夕方になって、リーダが腐臭のする得体の知れない肉と魚の骨を持って戻ってきた。それを無造作に鍋に放り込んだ後、彼女が言った。

「シチュー、美味いぞ。元気なる。ジョゼはマウラ行き、新しいガイド、見つける。よいな?」

それが、リーダの別れの挨拶だった。

どうして「行くな」と言えなかったのだろう。その時になっても唐突な別れをよく理解できなかった僕は、本心とは裏腹の笑顔で右手を差し出していた。

「今まで、ありがとう」

「バイバイ」

日が暮れた後、旅支度を整えたゴブリンたちは、連れ立って廃屋を出ていった。

今、残された僕はひとり、廃屋で日記をつけている。

リーダの本心が分からない。やはり、同じゴブリンの仲間と旅をするほうが楽しいのだろうか? グルーミクスの笑い声が耳から離れずに、考えがまとまらない。

紫色に濁ったシチューは、ものすごく不味かった。

女神よ、ゴブリンたちの旅に加護を授けたまえ。

10月19日
まだ体力が戻っていない。リーダに申し訳ない気がして、冷めてしまったシチューを少しだけ口にした。

女神よ、今日の糧に感謝します。

10月20日
今日も安静にしていた。リーダとの思い出ばかりが甦ってきた。彼女はもう大渓谷を抜けただろうか。

杖に頼れば、なんとか歩けるようになった。明日、ここを発つことにしよう。

女神よ、我が旅に光明を灯したまえ。

10月21日
残っていたシチューを食べ終え、荷物をまとめていると、聞き覚えのある鼻歌が聞こえた。――扉の前にいたのは、リーダだった。

「せっかく助けた。ジョゼ、のたれ死ぬ。残念。旅、続けるぞ」

彼女はそれだけ言うと、僕の荷物を担いで部屋を出ていった。何を考えているか分からないリーダだけど、照れているみたいだった。

音程の外れたリーダの歌が、今日ばかりは心地いい。彼女は、仲間との気楽な旅よりも、僕との旅を選び、戻ってきてくれたのだから。

「迷子のチョコボ、どぉしよ〜♪
 喰う? 売る? それとぉも、育てるかァ〜♪
 食べる? 美味い!それっきりィ 売る?
 儲かる!ちょと虚しいィ 育てる? 大変!
 でもでも絶っ対ィ恩返しィ♪」

女神よ、僕とリーダの新たな旅に祝福を。

戻る