11月13日
パシュハウ沼の雨は冷たかった。夕方にはあがったものの、昨日から風邪気味だと訴えていたリーダは、その場にしゃがみこみ、身体を小さく丸めて震えだしてしまった。

あたりはどんどん冷え込んでいく。リーダから「沼で火、やめとけ」と注意されていたけど、火をおこすよりほかなかった。

彼女の言ったとおりだった。しばらくすると、剣を抜いたクゥダフの兵士が現れたのだ。彼は火を踏み消すと、唸り声をあげて僕を睨みつけた。リーダを置いて逃げることはできない。僕は、ワンドを握りしめた。

別の方向から唸り声が聞こえたのは、その時だった。見ると、沼の向こうから、別の大柄なクゥダフがこちらを睨んでいた。2人のクゥダフを相手に敵うはずがない。だけど、その唸り声を聞いたクゥダフの兵士は、彼を避けるように去ってしまった。

それを見届けた大柄なクゥダフは、僕たちに近寄ってきて、クゥダフの言葉でリーダに話しかけた。2人の会話はわからなかったけど、突然、彼がリーダを担ぎあげたのには驚いた。思わず身構えた僕を制止したのは、リーダだった。

「だいじょぶ。ジョゼ、ついてこい。よいな」

リーダに「“トパーズ”と呼べ」と教えてもらったクゥダフに案内されて、僕たちは日が暮れる頃、彼らの地下都市ベドーへと到着した。

部屋へ案内される途中、金属で作られた住居や、複雑なしかけの風車を目にした。彼らは、今まで見てきた獣人よりも、ずっと冶金術が進んでいるみたいだ。

部屋に通され、僕たちだけになると、鉄の机に寝かされたリーダが、やっと事情を説明してくれた。

“トパーズ” は、クゥダフ族の祭司らしい。彼は親切にも「リーダの風邪が治るまで、客人としてもてなす」と言ってくれたそうだ。

女神よ、かの獣人にもお慈悲を与えたまえ。

11月14日
リーダは、僕が教会の修道士だということを、まだトパーズに伝えていなかったらしい。おかげで、朝食を持って部屋を訪ねてきてくれた彼に、僕は質問責めにされた。

まだ体調がすぐれないリーダは、横になったまま通訳をしてくれた。

両親はいるか? 祖父母は? 祖先はどのように偉大だったか? 系図は持ち歩いているのか?

一通り僕が答え終わると、彼は僕を見て「憐れかな、“背甲を持たざる子ら”よ」と言った。意味が分からず僕が質問すると、彼はその答えとしてクゥダフ族の伝説を語り始めた。

原初の火の海から、2人の巨人“グ・ダ”と“ド・ヌ”が現れた。

グ・ダは火を踏み固めて大地を創り、鱗を剥がして木々や獣を創った。ド・ヌは身ごもり、やがて多くの卵を産み落とした。その時、流した涙から川や海ができた。

卵からはたくさんの“クゥ・ダフ”が誕生した。しかし、中には他の獣人や人間が出てきた卵もあった。

それはド・ヌが、木々や獣など、グ・ダの創ったすべてを愛おしみすぎたためだった。グ・ダはド・ヌを責めることなく、この子らも育てることを約した。ただし、己の姿を模した、背甲を身に着けることだけは、クゥ・ダフ以外には許さなかった。

ここまで聞いて、僕は衝撃を受けた。もちろん、この物語は誤りだ。だけど、人間と争うために創られた獣人が、不義とはいえ人間を兄弟として教義で認めていたのだ――。

彼らの伝説には、続きがあった。

ド・ヌは、“背甲を持たざる子ら”を、クゥ・ダフと同様に愛しんで育てた。しかし、彼らはそれに満足せず、ある日、寝ている隙にクゥ・ダフを殺し、いくつか甲羅を盗み出してしまった。

それを知ったド・ヌは悲しみのあまり、溶けて沼となってしまった。それを哀しみ、そして怒ったグ・ダは、「いつか我、“闇”となりて舞い戻らん」という言葉を残し、深く地へともぐってしまった、という。

僕はクゥダフ族の伝説を、あえて否定しなかった。今のままでも、彼らと僕たちは理解を深めることができるかもしれない、と思ったのだ。

彼は明日も明後日も、この部屋に来ると言った。その時は、女神アルタナの素晴らしさを伝えよう。

女神よ、背甲を持つ者たちにも愛を与えたまえ。

11月15日
朝からベドーは「金剛王、凱旋!」という報にわいていた。トパーズに聞くと、武装親衛隊を率いて北方に遠征していた“金剛王ザ・ダ”が、オーク族に勝利して帰還中だという。

彼は僕らの出立を促した。トパーズは「金剛王不在の折、人間らと事を構えることは得策でない」と仲間を説き伏せて、僕らを街へと迎え入れていたらしい。その金剛王が帰国すれば、彼の言い分は通らなくなる。

通訳を終えたリーダが、そのまま荷物をまとめだした。彼女がそう判断するなら、間違いない。僕はベドーを発つことにした。

「もし、“あの男”がグ・ダの再来なら、この世は闇に覆われるだろう。背甲を持たざる兄弟たちよ、まだ、ド・ヌの慈愛に気づかぬのか」

トパーズが別れ際に告げた、預言めいた言葉の真意は、僕には分からない。だけど、何か、とてつもないことが、僕らの知らないところで進行しているような……。

そんな気がして背筋が寒くなった。

元気になったリーダは、僕が日記をつけるのを邪魔するつもりなのか、横で調子はずれに歌い続けている。

「おッかね持ちィ おッかね持ちィ♪
 金貨ばら撒き い〜気持ち〜♪
 銅貨1枚もォろたとてェ〜
 そォの意味ッ♪ そォの価値ッ♪
 分かんなァいィ 分かんないッ♪」


いずれにせよ、教会に報告書を送った方がよいのかもしれない。

女神よ、グ・ダの闇より母なる世界を護りたまえ。

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