12月20日
鼻の効くリーダが血の臭いに気づいたのは、夕日がゲルスバ山の陰に隠れようとする頃だった。王都まで5マルムもない場所だったと思う。

妙な胸騒ぎをおぼえてリーダの後について街道を外れていくと、倒れている2つの人影を見つけた。辺りの地面や木の幹には、血が飛び散っている。それは死闘の跡だった。

1人はエルヴァーンの青年で、その鎧から、彼が神殿騎士団の一員だとすぐにわかった。

タルタルのように小柄なもう1人は、緑の肌と黄色い目をしていた。見るのは初めてだったけど、話に聞くトンベリに違いなかった。なぜエルシモ島の獣人が、こんな王都の近くまで……。リーダも、不思議そうに首をかしげるばかりだった。

彼は騎士と刺し違えたのか、左手に血糊のついた包丁、右手に割れた角灯を握りしめたまま、力尽きていた。

2人の冥福を祈った後、僕たちは、神殿騎士団にこのことを報告するため、王都へと急いだ。彼らにどんな経緯があったのかわからないけど、トンベリがロンフォールの森にいるなんて、ただごとではない。

城門を抜け、神殿騎士団の詰め所で事情を説明した僕たちは、数名の騎士を現場へ案内した。

僕は目を疑った。

そこには騎士の亡骸だけが残され、トンベリの姿はなくなっていたのだ。

包丁も角灯も見あたらない。

「犯人は、薄汚いゴブリンだな!」

突然、騎士たちの剣がリーダに突きつけられた。

リーダにかけられた嫌疑を否定するために、僕の任務や彼女の役割を説明しても、騎士たちは聞く耳を持ってくれない。「たしかに、トンベリも倒れていた」という僕の証言も、信じてもらえなかった。

それどころか、リーダをかばうために嘘の証言をしていると誤解され、僕までも監視塔の監房に押し込まれてしまった。

夜半に、聖堂から足を運んだ司祭さまが僕の身元や任務を説明してくれたおかげで、僕は釈放してもらうことができた。でも、真犯人がまだ見つかっていないために、リーダは疑われたままだ。

なんとしても、リーダの無実を明かしてやりたい。僕が聖堂の一室でこうしている今も、彼女は冷たい石壁の監房にいるのだから。

女神よ、彼らに真実を示したまえ。

12月21日
旅の報告を明日に延期してもらった僕は、朝、聖堂で獣人に関する書物を探し、トンベリについて調べた。

彼らが、ウガレピという寺院に棲んでいること。人間に深い憎悪を抱いていること。命尽きるまで包丁と角灯を手放さないこと。

そして、恐るべき刺客として史書に何度も登場していること。

10冊以上読んで、知ることができたのはこれだけだったけど、僕には十分だった。

あのトンベリが刺客だとしたら? あの騎士に見とがめられて争ったのだとしたら? まだ生きているとしたら?

もしそうならば、トンベリは誰かを暗殺するため市街に潜伏し、その機会をうかがっているかもしれない。

その可能性に思い当たった僕は、聖堂の外に飛び出した。

槍兵通り、番犬横丁、騎兵通り、ランペール門、従者横丁、工人通り。

とにかく、一刻も早く彼を探し出して、暗殺をやめるよう説得しなければならない。

それだけを考えて、僕は市街を尋ねまわった。でも、王都は広すぎた。

気がつくと、日はすでに沈んでいた。

すべては僕の思い込みなのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎり、僕は閲兵場の噴水前でへたり込んだ。

その時、ランペール門の方から叫び声が聞こえた。

「侵入者を発見したぞ!」

続いて鋭い警笛が鳴り、神殿騎士たちが次々と閲兵場に現れ、目の前を駆け抜けていった。僕もあわてて立ち上がって、彼らの後を追いかけた。

工人通りに入る門の下で、剣を構えた神殿騎士に取り囲まれていたのは、トンベリだった。右手で掲げる角灯は、割れていた。

間違いない、彼だ。

遠目にも、彼がその包囲から逃れることは無理だとわかった。

目の前で命が奪われていくのを見過ごすなんて、できるわけがない。

彼を助けるために駆け寄ろうとすると、騎士の1人が僕の袖をつかんだ。それ以上近づくなという、無言の警告。その腕を振りほどこうとした瞬間、トンベリが懐から何かを取り出した。

次の瞬間、その手から赤い閃光が走り、衝撃が僕たちを襲った。

この最期の一撃で、4人の騎士が重傷を負った。誰を暗殺しようとしていたのか、その背後にいるのが何者なのか、一切の手がかりを残さないまま、トンベリの肉体は失われてしまった。

深夜、釈放されたリーダが、司祭さまに連れられて聖堂へとやってきたのだけど、僕は彼女を笑顔で迎えることができなかった。

人と獣人の掛け橋となりたくて、僕は教会の教えを説いて旅してきた。

けど、それが何の役に立ったというのだろう。

ゴブリンというだけでリーダを疑った騎士たちを、僕は説得することができなかった。目の前で人と獣人が殺しあっていたのに、僕は何もできなかった。

――僕は、無力だ。

リーダは柔らかいベッドが珍しいのか、その上で飛び跳ねている。

「つるはし持って 穴掘った〜♪
 汗かきベソかき 穴掘った〜
 金塊ぴかぴか 手に入れた〜♪

 気がついたら ぜぇんぶ夢ェ♪
 寝汗はたくさん かいたのにィ
 金塊ぴかぴか どこいったァ♪」


女神よ、我が巡歴は、彼らを導く暁の光とはなれないのでしょうか?

戻る