「……我らが今、ここに平和にすごし〜 星の大樹の恵みを受けることができるのは〜、すべて、英雄カラハバルハ様のおかげなのじゃ〜!」

ウィンダス石の区で、1人の英雄を称えるために演説を続ける男性をご存じだろうか? 彼の名はザイヒバウヒ(Zayhi-Bauhi)。星の大樹前の名物、演説おじさんとして知られるタルタルだ。

終戦以来、多くの人によって語りつがれてきたカラハバルハの偉業。ザイヒバウヒ氏は、それに関する1つの真実を公表したいと、記者を呼び出したのである。

「よいか記者。20年前といえば、あの忌まわしき戦争の真っ只中なのじゃ」

挨拶もそこそこに、彼は語り始めた。

「その頃のわしは、魔法学校のロークラスを卒業したばかりのヘッポコ魔道士じゃったが、聖都をにっくき獣人どもから守るため、水の区にあるオーディン門の警護に義勇兵として参加しておった。

今でも夢に見るのじゃ。聖都防衛戦の夜のことを。結界で閉ざした門の見張り台で杖を構えた我ら魔戦隊が、そこから見下ろした光景を……。数えきれない獣人と異形なるものどもが大地にひしめいていたのを……」

戦争中期、総力を結集したアルタナ連合軍が前線で攻勢に転じた頃、連邦の魔戦士の存在を脅威と認めた闇の王は大規模な遊撃隊を編成、聖都を急襲させたのである。獣人軍3万に対し、カーディアンを含めても千人に満たない都の守備隊。聖都陥落は、火を見るよりも明らかだった。

「オーディン門では、張り詰めた空気の中、にらみ合いが続いておった。師団長から我らの隊長に伝えられた指令は『持ちこたえろ』、ただそれだけだったそうじゃ。

月明かりに照らされた連中は、飢えた野獣そのもの! どれだけ持ちこたえたとしても、奇跡でも起こらぬ限り、二度と朝日を見ることはできまい……。そんな恐怖が体を支配した時、あろうことか、わしは門から足を滑らし、きゃつらの正面に転落してしまったのじゃ〜。

痛みでうずくまったわしの耳に届いたのは、刀剣が抜き放たれる金属音と、こちらへ突進してくる獣人たちの雄たけび。なんと、わしの失態を見て、敵は突撃してきたのじゃ〜!

魔戦隊の黒魔法をものともせず、怒涛のごとき勢いで迫る獣人ども!

もうだめじゃ! そう覚悟した瞬間、閃光とともに、魂を揺さぶる遠吠えがサルタバルタに轟いたのじゃ!

顔を上げると、神々しい一筋の光が、魔法塔から天上の満月に向けて放たれておった。

そうっ! 英雄カラハバルハ様の! 召喚で! あの! 偉大なる! 獣が! 魔法塔の! 上空に! ご光来! されたのじゃ〜〜〜〜〜〜っ!!!!

その後は、まさに痛快じゃった! 大きな前脚を一振りするごとに何十という敵が吹き飛び、その御身から放たれた魔法は何百という獣人を消し去ったのじゃ。

気がつけば、獣人どもは尻尾をまいて逃げ出しておった。そして敵を蹴散らした偉大なる獣は、他の門や港から都内に侵入した獣人たちを駆逐すべく、そこから飛び去ったのじゃ。

あっという間のことじゃった……」

彼の話には、多少の誇張があるかもしれない。だが、ウィンダスを救ったカラハバルハの奇跡は、事実として歴史書にも記されている。

「あの夜、偉大なる獣の御姿をいちばん近くで拝見し、そして脳裏に焼きつけたのは間違いなくこのわしじゃ! 今でも目をつむればよみがえる、

燐光をまとったその御姿は、気高き狼のようじゃった……。

よいか記者! ここから先は、今まで誰にも語ったことはなかった!! 耳の穴をかっぽっじってよ〜く聞くがいい!

あの偉大なる獣が召喚された時、わしの耳には確かに英雄カラハバルハ様の声が聞こえたのじゃ!!

『よく持ちこたえた。後は我がフェンリルに任せるがよい』とな!!

そう、偉大なる獣の名は、フェ・ン・リ・ルというのじゃ〜〜!!」

フェンリル。

それが20年間、語られることのなかった偉大なる獣の名前だった。

英雄カラハバルハは、偉大なる獣の召喚が原因で命を落としたといわれている。そのため、ザイヒバウヒ氏は、フェンリルに対して愛憎入り混じった感情を抱いていたのかもしれない。だからこそ、その名前を小さな胸に秘めてきたのだろう。

では、なぜ彼は今になってこの真実を打ち明ける気になったのだろう?

「決まっておるのじゃ! 英雄カラハバルハさまの偉大さを、あらためて世間に知らしめるためなのじゃ〜。

巷では、召喚魔法を継承し、英雄カラハバルハ様と似た格好をした冒険者が増えてきておる。それは、それでよいのじゃ! じゃが、街の者たちが『カラハバルハ様を超える者が登場する日も近い』などと噂してるのが我慢ならんのじゃ〜〜!!

真の英雄はカラハバルハ様だけなのじゃ〜〜!!

その証拠に、あの日以来、フェンリルを召喚した者は誰1人としていないではないか〜〜!!」

確かに、英雄カラハバルハと偉大なる獣フェンリルの名は、ザイヒバウヒ氏の告白によって、広く世に知れ渡ることになるだろう。

歴史書にも、偉大なる獣の名前が、英雄カラハバルハの横につけ加えられるに違いない。

「英雄カラハバルハ様を、もっともっとたたえなければならぬ〜! カラハバルハ様とフェンリルの名を忘れてはならぬのじゃ〜!」

Ainworth

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