5月21日
街道の辻を曲がった時、僕は何かを聞いた気がしてチョコボをとめた。

「この獣人め、小せぇクセにてこずらせやがって!」

石垣の向こうから響いてきたのは、男たちの罵声だった。僕にはすぐ察しがついた。何者かが、残党狩りと称して私欲のために獣人を襲っているのだ、と。終戦が宣言されてからの数週間、何度、同じような現場に遭遇してきただろう。

チョコボを降りて石垣の裏へまわると、鍬や鋤を手にした男たちがゴブリンの子供を取り囲んでいた。

「やめなさい!」

僕が叫ぶと、彼らは一斉にこちらを振り向き、鋭くにらんだ。その目は皆、憎しみに染まっていた。

「獣人狩りは、王令により禁じられています」

目を見返してそう告げると、彼らは態度を一変させ、言い訳をしながら立ち去ってしまった。僕が神殿騎士だと気づいたのかもしれない。

残されたのは、気を失って石垣にもたれたゴブリンの子供。服やマスクには、血がにじんでいた。その子を介抱することにした僕は、チョコボの背に乗せて一番近い村を目指した。

村の入口にたどり着いたのは、日が暮れる直前だった。焼け落ちた家屋の数々が、獣人軍に襲撃されたことを語っていた。

僕を遠巻きにする村人たちは、かつて僕が出会った獣人たちと同じように、今にも襲いかかってきそうな顔をしていた。その背後には、彼らに隠れるようにして僕を冷たくにらむ子供たちの姿もあった。

僕は村の教会を訪ね、司祭様に面会した。司祭様は事情を察し、村はずれの納屋へと案内してくれた。そこで、僕はやっとゴブリンに手当てすることができた。

かすかに漂ってくるゴブリン独特の懐かしい臭い。僕は、包帯を巻きながら思い出していた。朝霧に消えていったリーダのことを……。

彼女は、あの戦争を無事に切り抜けることができただろうか? 今もグルーミクスと共にいるのだろうか? たとえ無事だったとしても、きっと今は人目を避けているに違いない。今日のような出来事が、毎日どこかで起きているのだから……。

襲撃におびえる日々の中で、人々が押し殺していた獣人に対する憎しみ。それが、戦争が終結した今になって吹き出しているように感じられる。

女神よ、あふれた憎しみが、この世から消える日はくるのでしょうか?

5月22日
午後になって、ゴブリンの子が目を覚ました。最初は自分の居場所がわからなくて不思議そうにキョロキョロとしていたけど、僕に気がついた途端、慌てて逃げ出そうとした。

あれだけひどい目に遭わされたのだから無理もない。僕は暴れるのも構わずにその子を抱きしめて、「ここは安全だから」と何度も語りかけた。

やがて、敵ではないと理解してくれたのか、ゴブリンはおとなしくなり、僕の言葉に耳を傾けてくれるようになった。

片言だけど、この子が共通語を話せたおかげで、僕たちは互いに自己紹介ができた。彼は“ナットリクス(Nuttrix)”という名だった。以前、僕はリーダから「ゴブリン、〜ixは美男! 〜oxは美女!」と教えてもらったことがあるため、ナットリクスが少年であることがわかった。

彼は、僕に問いかけた。

「あいつら、オレ、うらむか? 殺したい? オレ、殺す、ないぞ」

彼を抱きしめ、「ごめんね」と繰り返すことしか、僕にはできなかった。

女神よ、どうかナットリクスの心に憎しみが芽生えませぬように……。

5月23日
朝、鳥の鳴き声を聞きながらまどろんでいると、納屋の戸がきしむ音がした。

「ありがと。バイバイ」

その声にハッとなって身を起こした僕は、慌てて外に飛び出した。でも、その時すでに、ナットリクスの姿は見えなくなっていた。

「お客さんッお客さん♪
日帰り歓迎。1泊は軽蔑。
2泊しぃたら、晩メシよ!」


かなたから聞こえてきた歌声に、僕は胸が熱くなった。

その歌は、昔、リーダが歌っていたものだったから……。もしかして、彼に歌を教えたのは、リーダなのだろうか? まさか、そんな偶然があるわけがない。


だけど、きっとどこかで、彼女は今ものんきに歌っている。なぜか、そう信じることができた。

ナットリクスの歌が聞こえなくなった後、僕は礼拝堂に入り、女神に祈りを捧げた。

わたしはこの数年間で、数多くの獣人と出会ってきました。

彼らは必ずしも人を憎んでいたわけではありませんでした。また、人の中にも、敵である獣人に敬意を払っている者がおりました。

たとえ険しくとも、人と獣人がこの世界で共に生きていく道を、わたしは確かに見たのです。

ですが、今なお昏き影が世界をおおい、人と獣人は争いを続けています。

わたしたちは何が違うのでしょう? なぜ、憎しみあわなければならないのでしょうか?

顔をあげると、祭壇の女神も哀しみをたたえているように見えた。まるで、今にも涙をこぼさんばかりに……。

人は女神の涙から生まれたという。そして獣人は……。

その時、僕に暁の光が差したような気がした。

巡礼の地、ロ・メーヴ。

修道院時代、噂に聞いたことがあった。聖地ジ・タの奥深くにあるというそこには、女神アルタナと古の神々がまつられている、と。

きっと、そこに僕が探している答えがある。なぜか、僕はそう確信した。

女神よ、聖地へと続く道を照らしたまえ。

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