ある日、編集部の壁に貼ってある、古ぼけた世界地図を眺めていた記者は、ふとヴォルボーの北西に延びる半島に目を止めた。

そこには“Tavnazia”の文字が踊っている。まさしく、クリスタル戦争で獣人軍に滅ぼされたという、タブナジア侯国のあった地だ。

最近の世界地図ではどうかというと、読者の皆さんもご承知の通り、その場所には、いくつかの小島しか記されていない。まるで、半島など元々存在しなかったかのように……。

世界地図は、なぜ書き換えられてしまったのか? そこには、どんな経緯があったというのか? 亡国に関する情報を洗い出してみようと考えた記者は、地図上でタブナジアに近い町、セルビナへ赴いた。

「タブナジアとな……。久しぶりに聞く名じゃの。大戦が終わってからみな触れようとせんかったが、そろそろいい頃合いなのかもしれん」

町長のアベラルト(Abelard)さんは、しばらく考え込んでから口を開いた。

「今から500年ほど昔、ドラギーユ家の功臣アルフォロン・タブナジアが、かの地を拝領し、やがて独立国家として認められたという。それが、タブナジア侯国じゃ。かの国の侯都は、西のノストー海と、内海のバストア海の中継地として栄えておった。じゃから、大陸中央の玄関口であるこの町とも浅からぬ因縁があっての。それが、まさかあんなことになってしまうとはのう……」

いったい、大戦時に何が起こったというのか。

アベラルトさんは、その昔クリスタル戦争に従軍していた兵士から聞いたという、ある奇妙な噂について教えてくれた。

「侯都が陥落した数日後のことじゃ。獣人のやつら、攻城兵器を輸送中に半島の付け根で暴発させおった。おかげで、タブナジアは大陸と分断された上、なぜか南部では海流まで変化し、激しい潮流で接岸すら難しくなってしまったそうじゃ。それでも宗主国サンドリアは捜索隊を出し、獣人軍の警戒をかいくぐって調査したそうじゃが、とうとう生き残りは見つからなんだという。そして、いつしか忘却の彼方へと追いやられていった地……。それがタブナジアじゃ」

どこまで信憑性のある話か計りかねるが、たった20年前の出来事である。少なくとも、おとぎ話や伝承ではないはずだ。

かつてのタブナジアの風景や街の様子について尋ねると、アベラルトさんは次のように答えてくれた。

「実は、わしも行ったことがないんじゃ。陸続きとはいっても、なんせ高い山のむこうにある国じゃったからのう。今よりもずっと高い船賃を払って船で渡るしかなかったんじゃ。
……おお、そうじゃ! 以前この町に滞在していた絵描きの娘さんなら何か知っているかもしれん」

そうして紹介されたのが、ヒュームの画家アンジェリカ(Angelica)さんだった。しばらく前まで、彼女はセルビナの宿屋の一室を陣取って大戦前のタブナジアを描いていたという。

絵でも構わない。今となっては見ることもままならないタブナジアの風景を、ひと目見たい。そう考えた記者は、現在彼女が滞在しているというウィンダスへ向かった。

「そうよ、あなたよくごぞんじね。確かにわたしは、あの頃タブナジアをモチーフに絵を描いていたわ」

大胆なストロークで、カンバスに絵の具を塗りながら、アンジェリカさんは言った。

「その時雇っていたモデルが、たまたまタブナジア出身だったのよ。彼から大戦前のタブナジアの様子を聞いた途端、わたしの頭の中に、美しい自然や街並みのイメージが怒濤のように押し寄せてきたの」

彼女は絵筆を止めると、目を閉じて語りはじめた。

「高原の清流を集めるエデレーネ瀑布。そこから生まれ、半島を分かつ渓谷を形作るラフェルー河。そうよ、かつて侯姫が水上結婚式を挙げたルルーミュ湖や蒼剣の丘から望んだ侯都も描いたわ。そして仕上げには、幻想的な生き物のイメージをカンバスにはげシックぶつけて……!あら? あれは別の作品だったかしら。悪いけど、あとは実物を見て確かめてちょうだい」

だが肝心の絵は、同じ時期に宿屋に泊まっていた強面のエルヴァーンがすべて買い求めていったという。

「名前は忘れちゃったけど……、サンドリアでなんとかっていう商会を営んでるって聞いたわよ」

サンドリアの商会と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、悪名高きブルゲール商会。商会の関係者が買いつけた絵となると、ますます確かめてみたくなる。

翌日ジュノ経由でサンドリアへ飛んだ記者は、その足でブルゲール商会を訪ね、そこでアルミニビー(Arminibit)さんとスロリアン(Ceraulian)さんに話を聞いた。すると彼らは、その絵についてあれこれと話しはじめた。

「セルビナで描かれた画? アンジェリカ? もしかすると……」

「あの、リーダーが絵描きの女の前でカッコつけて買うはめになったとかっていう、例の絵のことか!?」

「しっ……! 本人に聞かれたらタダじゃ済まないぞ!」

彼らの知る絵が、アンジェリカさんの絵であるならば、そこに描かれていた風景こそ、かつてのタブナジアの姿を今に伝えるものであるはず。

2人にそれを説明して、絵を見せてほしいと頼んでみたところ、実に残念な答えが返ってきた。数ヶ月前に、とある収集家がやってきて、すべて高額で買い取っていったというのだ。それを聞いて肩を落とした記者に、2人は言った。

「絵描きが何て言ったか知らないが、あの、恐ろしい絵に描かれた風景がタブナジアなものか!」

「悪いことは言わない。あんた、本気でタブナジアについて知りたいなら別のルートから調べた方がいい」

こうした彼らの説得もあって、今回の絵探しについては、ひとまず中断することにした。

しかし、ジュノに戻った今も、記者の興味は増すばかりだ。栄華を極めたというタブナジアは、どんな様子だったのか? そして、かの地は今、どうなっているのか……?

近々、調査を再開するつもりだ。

文:Rirukuku

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