発端は、ジュノ上層のとある酒場での談笑だった。その主は、近隣の住民たちである。

オレたちが、こうして平穏無事に生活できるのも、冒険者の活躍があればこそだ。しかし、護られているばかりでは、男が廃る。戦う技をもたぬオレたちでも、獣人たちを蹴散らして冒険者を助ける、何かよいアイディアはないものか。

こうして熱くなった彼らから、壮大だが現実性に乏しい戦略や新兵器が、次々と編み出されていった。

そんな中、1人の提案が皆の注目を集めた。

「飛空艇に大砲を載っけてだな〜、どっかにある敵の根城にひとっ飛びして、そいつをぶっ放すのよ!」

即座に誰かが応じた。

「おぅ! だったら飛空艇は1艇じゃ足りねぇ!! 10艇以上なけりゃ、ハナシになんねーよ。ひっく」

程なくして彼らの関心は、空想上の飛空艇団で「いかに活躍するか」に移ってしまい、冒険者を援護するという本題はうやむやになってしまった。

その時、カウンターで議論の成りゆきを楽しんでいた記者の耳に、隣に座る老人の呟きが聞こえた。

「武装飛空艇、か……。懐かしいのぉ」

その言葉になぜか興味をひかれた記者は、簡単に自己紹介を済ませると、彼に武装飛空艇について尋ねてみた。

彼の名はナリヒラ(Narihira)。最近までジュノ上層の象徴、時計塔の整備を引き受けていた機工士だという。

「20年も前の話じゃ……」

そう前置きしてナリヒラさんが語り始めたのは、飛空艇がクリスタル戦争の末期に開発された決戦兵器である、という驚くべき話だった。

「最初に作られた“一番艇”の初航海には、回転翼の艤装や整備のため、ワシも乗り込まされたんじゃ。見送りに来ておった船大工の連中は、まさかその後で、自分たちの建造した風変わりな船が空を飛んだなどと、夢にも思わんかったじゃろう」

ナリヒラさんは、“一番艇”の外観についても教えてくれた。それは、現在の飛空艇よりひとまわり大きく、回転翼も多かったそうだ。

「初航海から間もなくして戦争は終結し、わしが手がけた機械は、血で汚れずに済んだらしい。

じゃが、あれは兵器じゃ。もし、戦争が長引いとったら、皆が騒いどるような飛空艇団すら、ありえたかもしれんよ」

期せずして飛空艇開発史の一端に触れることができた記者は、翌日、確証を得ようと飛空旅行社を訪ねた。

「確かに飛空艇は、当初、攻城兵器として開発されたと聞いております。しかし、残念ですが当時の資料はここには残されておりません。

当社が運用している飛空艇は、その試作艇の設計を継承するものではなく、戦後、民生利用を図るために安全性に主眼をおいて再設計されたものなのですから」

取材に応じた若い職員は、「これ以上のことは分かりかねます」と首を横に振ったものの、飛空艇の運用にたずさわる者ならではの感想を口にした。

「燃費や整備のコスト、それに乗員の育成を考えると、飛空艇を兵器として使うのは難しいと思いますよ」

飛空旅行社での取材を終えた記者は、そのままバストゥークへと飛んだ。飛空艇の開発責任者として名高い、大工房のシド(Cid)工房長を取材するためである。

目的を説明すると、シド工房長は5分の約束で面会に応じてくれた。

「おまえさんは、静かな大空までも戦場にしたいのかね? どの地獄耳で“一番艇”の話を仕入れてきたかしらんが、あれはとっくの昔に解体されちまったぞ」

エプロン姿のシド工房長は、“一番艇”の存在を肯定したが、飛空艇の兵器利用に関しては否定的だった。

「そりゃ、確かにあれは戦争用に作られたもんだ。あくまで拠点攻撃用にな。だが、着水しか補給手段がない上に、大砲に弾薬、兵員用の食糧や水まで積みこまなきゃならない。たいした活躍は期待できんさ。……いや、まてよ」

何かを思いついたように腕を組んだ彼は、神妙な面持ちになって続きを語った。

「大空から強大な敵があらわれた場合なら、話は別……か。ま、そんなことが起きるとは思えんがね」

もっと詳しく話を聞きたかったのだが、約束の時間を過ぎたと言って、工房長は話を切り上げてしまった。

帰路についた記者は、飛空艇の甲板から沈む夕日を眺めながら、今回の取材を振り返ってみた。

少なくとも武装飛空艇“一番艇”は実在した。そして、もしクリスタル戦争が長引いていたら、飛空艇団が戦場の空を駆けまわっていたのかもしれない……。

そこまで考えたところで、記者はそれ以上の思索をやめた。

飛空艇をも武装させて戦おうとする時代は、もう歴史の中にしか存在しないのだから。

Zenngg

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