「ツヤツヤお肌の秘訣ですって? それはもちろん、わたくしの内面が美しい所以ですわ。
わたくし、母からこのような名言を教えられましたの。

人を恨むよりも恨まれよ。
人を憎むよりも憎まれよ。
人をブチ切らすよりもブチ切れよ。

オーホッホッホホホ!」


ウィンダス石の区。星の大樹が根をおろすその辺りは、聖都の中枢であると同時に、閑静な“超”高級住宅地として知られている。

なぜ“超”がつくのかというと、石造りの屋敷が並んでいるためだけではなく、星の大樹を囲む道沿いに居を構えること自体が、“博士”というウィンダス最高のステイタスの証となるからだ。

この博士号を持つ者だけが住むことを許された石の区の邸宅に、ひときわ強い存在感を放つ1人の淑女が暮らしている。

キトロン色の髪とつぶらな瞳。時おり少女のように無邪気な表情を見せる彼女の名前は、シャントット(Shantotto)。

口の院の先代院長であり、激動のクリスタル大戦時には魔道士団を率いて数々の武功をあげた希代の黒魔道士だ。

面倒見のよい彼女は、院長を引退した今でも若者たちの相談役となり、数多くの冒険者から慕われているという。

才色を兼ね備えたシャントット博士。彼女は、どのような半生を送ってきたのだろう。

「オホホホホ!
偉人が育った環境に興味がおありですの?

……よござんす。
わたくしは、母方の家系も父方の家系も、高名な魔道士を輩出したことがある由緒正しい黒魔道士の家系に生まれました。
今はもう家系のことをとやかく言う時代ではありませんが、わたくしの誇りですわ」


貴婦人と呼ぶにふさわしく、彼女は上品に笑った。その笑顔には、幼少時代の面影が残されているような気がした。

「それがあなた、お恥ずかしいことに、わたくし天使のように可愛らしく心の優しい女の子でしたのよ。
わたくしはいつでも、世界を癒し、人々に愛を与えることについて考えておりました」


幼い頃からあふれんばかりの愛情を注がれたシャントット博士ならではの言葉だった。彼女を育てた両親は、とても立派な方だったのだろう。

「彼らこそ、生まれついての素晴らしい黒魔道士でしたわ。争いを見つけ出し、敵を完膚なきまでに叩き潰すことにすべての情熱を捧げていました。
ですから、わたくしを優れた黒魔道士にするために、両親は本当に骨をおってくださいましたの」


きっと思春期は、両親のようになりたいと願いながら過ごしたのだろう。少女時代の話が出たところで、その当時に想い描いていた理想の男性像を聞いた。

「もちろん父ですわね。
わたくしが、あの退屈な白魔道士や野蛮な赤魔道士にならないようにと、あらゆる悲劇と破滅を見せてくださいました。
人は争うことで強くなれるということを身をもって示してくれたのですわ」


幸福な家庭に育ったシャントット博士は、友人にも恵まれていた。友人とは、同じく石の区に住む他の博士たちのことだ。
若き日のシャントット博士。     

「それはもちろん、大切な友人たちですわ。
わたくしが魔法学校に通っていた頃に、よく退屈を紛らわせてくださいました」


彼らとは、かつては魔法人形を手に、倒したモンスターの数を競い合った仲なのだという。

「……そういえば、このごろは冒険者の中にもわたくしを退屈させないようなオロカな方がおりますわね」

院長の職を退いた今でも、多くの友や後輩に恵まれ、充実した毎日を送っているシャントット博士。そんな彼女が黒魔道士になってよかったと、心から思えた出来事とは何だろうか。

「実は、わたくしが無事に黒魔道士になりました頃には、父と母のいがみ合いが過ぎまして、家庭は崩壊、お屋敷も壊滅、両親ともに行方不明となっておりました。

ですけれども、わたくしが黒魔道士になったことで借金取りやら殺し屋やらから身を守ることができましたわ。
それに黒魔道士の由緒正しい家系も守ることができましたからねぇ」


そう言って彼女は、手にしていたティーカップをテーブルに置き、にこやかに微笑んだ。その小さな仕草にも、まるで人ならざる存在であるかのような気品が漂っていた。

インタビューの最後、シャントット博士を師と仰ぐ後輩たちへのメッセージをいただいた。

「世間には多くの黒魔道士がおりますけれど、本当の意味での黒魔道士を知らない者が多すぎますわ。
黒魔道士というものは、いつでも積極的に、破壊衝動に肯定的に生きなくてはなりません。

ですから、わたくしから助言を差し上げましょう。

人に誘われる前に誘え!
人に釣られる前に釣れ!
人に殺られる前に殺れ!

オーッホッホホホホホ!」


幸福だった少女時代、戦乱に巻き込まれた院長時代、そして悠々自適に暮らす現代。いつの時代でも変わらぬ信念を貫いてきたシャントット博士ならではの識見に満ちた言葉だった。見た目の若さからは計り知れない知識や経験が、今の彼女を支えているに違いない。……それにしても、本当のところ、おいくつなのだろう。

「あら!
わたくし、ブチ切れますわよ!?
オーホッホホホホホ!!!」

Illustration by Mitsuhiro Arita