島の西端に隠された港。地鳴りのような警笛と共に、そこへ次々と入ってくる船。強面の船乗りたちが甲板に現れたかと思うと、一斉に積み荷を降ろしはじめる。

酒樽の転がる音に、金貨の山が崩れ落ちる音。男たちのがなり立てる声に混じり、時おり女たちの甲高い笑い声が響き渡る。

そこはまさしく、海賊たちの根城ノーグだった。

ようやく実感が湧いてくると、途端に体中の血が熱くなるような感覚に襲われた。じっとしていられなくなった私は、なるべく目立たないようにと着古したクロークに身を包み、船着き場の人ごみに紛れ込んだ。

ところがその矢先、何者かに、ぐいと背後から腕をひねり上げられたのである。

「……待ちな」

耳元で、押し殺したような声が聞こえた。自分の肩越しに後ろを見れば、そこには帽子を目深に被った女が立っている。騒ぎを起こすのは得策でないと踏んだ私は、彼女に促されるまま人気のない場所へと向かった。

「……何しにきた。今さらどういうつもりだ」

古い知り合いか何かかと思い、とっさに切り返せずにいると、女は私の正面に回り込んできた。帽子の落とす影で目元は見えなかったが、そのすらりと伸びた手足から、彼女がエルヴァーンであることは明らかだった。

「何とか言いな! あたしがあんたを見間違えるとでも!?」

私の襟元をつかんで語気を荒げた女は、帽子を脱ぎ捨てて、その顔を露わにした。

瞬時に、強い光を放つ双眸が私を捕らえた。その迫力に呑まれそうになりながらも、私は女を見つめ返した。

浅黒い肌と引き締まった輪郭とが際立つ、野性的な美しさ。彼女が発する圧倒的な存在感は、これまでに出会った誰にも感じたことのないものだった。一度でも会っていたら、忘れているはずがない。

――悪いが、君の見間違いだ。

そう答えようとした私は、はっとした。

他の誰かに間違えられたのは、これで2度目ではないか。そう、目の前の女も“私によく似た男”を知っているのだ。

「君!“その男”のことを教えてくれ!」

一瞬ひるんだ女は、私を突き放した。そして数歩後ろに下がると、低くつぶやいた。

「……誰だ? その声は、あいつじゃない」

「私はノーグに来るのも君に会うのも初めてだ。君の知っているその男は、赤の他人。……そうでなければ、私の兄だ」

「何だと!?」

「生き別れた兄を捜して、私は大陸からやってきた。だから、どんな些細なことでもいい。その男の話を聞かせてくれ!」

夜半を過ぎると風が唸り声を上げはじめ、雨雲が空を覆い、星々の光は消されてしまった。その時を待っていたかのように、海賊たちは嬉々として嵐の海原へと繰り出していった。

私たちは、洞窟の片隅から彼らの船出を眺めつつ、話を続けていた。

「あいつとは、闇市の仕事で出会った。何を思ってこの島にきたのかは謎だったけど、軽口ばかり叩いてたわりには、なかなかの目利きだったから、とある海賊がここに連れてきたんだ。それから、あいつとは何年も一緒に過ごしたっていうのに……、なぜだろうな、本当の名前さえ聞かないまま別れた。あたしが知ってるのは、あいつが野菜嫌いだったこととか、時々寂しげな顔で海を眺めていたこととか、そんなくだらないことばかりだ」

女は鼻で笑うと、傍らに落ちていた小さな貝を拾い上げた。

「ちょうどこの場所で、あいつはあたしの手をとって嬉しそうに言ったんだ。“かけがえのない宝を見つけた。だから、闇市の仕事から足を洗うことにした”って」

「宝?」

女の手から放り出された小さな貝殻が、荒波に消えていった。

「何のことはない。女だよ、女。それがよりによって自分を拾ってくれた海賊の愛娘で――、ついでに、あたしの幼なじみときた。最後には、ほとんど命がけで親爺と勝負して、正々堂々と娘を奪って島を出ていったよ。まったく、そこいらの海賊よりもよっぽど無鉄砲な奴だった」

そんなことをしでかして、彼はその後も無事でいるのだろうか? 心配になってそう尋ねると、彼女は頷いて言った。

「あの親爺がいくらならず者だっていっても、かわいい娘を泣かすような真似はしない。むしろ、娘が海賊の妻にならずに済んで、内心ほっとしてたはずだ」

この言葉を聞いて、思わず私もほっとため息をついた。すると女は、脚を組み直しながらこう言った。

「ところであんた、育ちはタブナジアだな。正確にいえば、ジュノにも長くいた。違うか?」

驚いた私は、顔を上げた。

「闇市には、いろんな土地から客人が集まるんだ。ガキの頃からいれば、発音の癖くらい耳で聞き分けられるようになる」

「……彼は? 彼はどうだった!?」

海からの突風を受けて、女の髪が宙に舞った。

「賭けてもいい。あいつもタブナジアで育った人間だ。……生まれ故郷が同じヒューム同士で年の頃も近い。おまけに、顔つきから背格好まで瓜ふたつときた。何なら、このあたしがはっきり言ってやろうか?」

いきなり私の顔を両手で挟んだ彼女は、強引に自分の方を向かせた。

「いいか? あいつがあんたの兄貴だ。あんたの兄貴は生きている。そして、大陸のどこかで暮らしているはずだ!」

「兄は……生きている……」

その言葉を口にした瞬間、ずっと胸の奥底につかえていた何かが、無数の煌めきとなって消えていくのを感じた。