「中に入った時は目を疑いましたよ。あれが人間の作った空間だったなんて、いまだに信じられません。どこぞの魔道士がプロデュースしたとかいう噂ですけど、やあ、世の中にはおそろしく器用な人がいるもんですね」

これは、ヴァナ・ディールのどこかに誕生した話題のスポット「アブダルスの箱庭」を探検してきたタルタルの青年の言葉だ。三度の飯より流行りモノが好きだという彼は、記者のメモが追いつかないくらいの早口で、箱庭の話を続けた。

「靴底から伝わってくる土の感触。荒涼とした山肌に、吹きすさぶ風。そして人の頭蓋骨で装飾された悪趣味なオークの陣営! あそこには、新米の頃よく訪れたゲルスバ野営陣が、そっくり再現されていました。けれども、本来ゲルスバにあふれかえっているはずのオークたちの姿は見あたらないんです。代わりに僕らを待ち受けていたのは、謎めいた人影。もしや新手のダークストーカーかと思って恐る恐る近づいてみると――」

何ということもない。バリスタの試合会場でおなじみの紋章官と紋章官補だったそうだ。

この箱庭を手がけたのは、ヒュームの魔道士、その名もアブダルス氏。ここにきて一躍有名になった彼であるが、以前から諸方面で演習の重要性を説くなど、実はコンフリクト推進派として地道な活動を続けてきた人物である。

そんな彼が作り上げた箱庭は、園芸好きの老夫婦が休日の午後にこしらえるミニチュアガーデンでもなければ、学校の資料室で生徒たちが悪戯する模型の類でもない。あくまでも、バリスタを愛する人々のために作られた、バリスタのための競技場なのだ。

――が、そもそも箱庭という小さな世界に人間が入れなければ、話は始まらないではないか?

事実を確かめるために、記者はアブダルス氏の弟子を名乗るエルヴァーン女性ティルコー(Tillecoe)さんのもとを訪ねた。彼女の話を要約すると、箱庭に入場する方法はこうだ。

1:箱庭の利用を希望する日の丸2日前(地球時間)、ティルコーさんに予約を申し込む。その際、自身の「バリスタポイント」と引き換えに、アブダルス氏が特別な魔法を封じ込めたというルールブックを受け取る。

2:申し込んだ本人はルールブックから1頁ずつ取り外し、あらかじめ他の参加者に配布しておく。

3:当日、定められた時間内にティルコーさんに声をかけ、ルールブックまたはその1頁を手渡す。
※当日の遅刻は厳禁である。時間までに誰も来ない場合、キャンセル待ちをしている別の団体に箱庭の利用権が渡ってしまう。
※移動前に箱庭の利用費を含む送迎費が徴収されるそうなので、各自少々のギルを用意しておく必要がある。


4:ティルコーさんの手で封印が解かれ、アブダルス氏の魔法の効果が解放されると、参加者たちの体は箱庭サイズに縮む! さらに気づいたときには箱庭の中に移動している!!
※箱庭は、タブナジア群島のどこかに隠すように設置されているという。凶暴な獣人や好奇心旺盛な子どもたちの手から選手の身を守るために、アブダルス氏は人里離れた地を選んだのだろうか?

もし酒場で耳にしたなら、間違いなく誰もが笑い飛ばすような話だが、現にこの方法で幾人もの選手や観客たちが箱庭に送り込まれているのだから嫌でも信じるしかない。バリスタ愛好者はもちろん、世界一小さな競技場に興味をもった諸君は、前述の方法で箱庭を体験してみてはいかがだろうか?

一連の取材を終えた記者がル・ルデの庭を後にしようとした時、剣や鎧をガチャガチャいわせた冒険者の一行が、ティルコーさんのもとにやってきた。尋ねてみれば、彼らはまさに箱庭に出発しようとしているバリスタチームの選手だった。

「おう! これから、なんちゃらのハコニワってとこで極秘トレーニングよ。なんせウチら、例の大会の予選トーナメントに出場できることになったもんだからさ、特訓しないとマズいんだわ! ワハハハ」

例の大会とは、ヴァナ・ディール史上初の規模で開催される「バリスタ・ロワイヤル」のことである。どのチームが真の王者を名乗るにふさわしいか決着をつけるために、各地から強豪が名乗りを上げているとか。

「意外と、まぐれの連続で決勝大会まで進んじゃったりして!? それもマズいな! ウハハハハハ」

チームリーダーを務めるミスラのCさんは、豪快に笑いながら意気込みを語ってくれた。

別れ際に「がんばれ!」と声をかけると、Cさんと彼女の率いる9人の選手たちは、早くも勝ちどきをあげてみせた。

もしかするとアブダルス氏も、コンフリクトの若き担い手たちの様子を、どこかで見守っているのだろうか。威勢のいいかけ声が聞こえる度に、満足そうに目を細めたりしながら……。
Illustration by Mitsuhiro Arita