ある程度の経験を積んだ冒険者ならば、“限界じいさん”を知らぬものはいないだろう。言わずと知れた『冒険者が選ぶ「いつかギャフンと言わせてやりたい人」ナンバーワン』に輝く有名人、マート氏のことである。

その“限界じいさん”に関する噂が、冒険者たちを震撼させたのは少し前のことだ。

「ウソかホントかわからねぇが、あの“限界じいさん”が、性懲りもなく試練を思いついたらしい。しかも克服すると、ついに降参の意を示して、帽子を脱ぐって話だ」

マート氏の帽子と言えば、「潮の香が染みついていて愛着がある」と言って、どんな時でも頑なに外そうとしない帽子である。それが文字通り脱帽するというのだ、冒険者たちが色めかないはずがない。

しかし、どんな高名で腕自慢の冒険者も、その試練の具体的な内容をマート氏から聞き出すことはできなかった。いや、その条件の見当はついていたのだが、皆、あまりの果てしなさゆえに、実践することができないでいたのだ。

そんな中、彗星のごとくあらわれて、この噂に終止符を打ったのが、若きエルヴァーンのMumu(Gilgamesh)さんである。

「レベル上げが好き」だというだけあって、すでに15ジョブのレベルがすべて75に達していた彼は、知人から噂を聞き、この前人未到の領域に挑むことにした。

「減っていくギル、過ぎていく時間。そもそも情報は本当なのだろうかといった不確かさや、状況に不安を感じながらも、せっかく成し得る可能性を持っているのだからやってやろうという思いがありました。そしてもし違っていたとしても、みんなで笑い話にしていい思い出にしようと思いながら戦っていました」

確信もないまま挑戦していた時のことを、Mumuさんはこう述懐した。もっとも恐ろしかったのは、老闘士が連続魔を発動しながら夢想阿修羅拳で迫ってきた時だったそうだ。

そして、彼の努力は報われることになる。ついに、マート氏がMumuさんに屈し、降参する日が訪れたのだ。

「お前さんとは何度拳をつきあわせたことかのぉ……」

15番目のジョブで最後の対決を終え、Mumuさんがル・ルデの庭に戻った時、マート氏がおもむろに話を切り出したという。そして、すべてを語り終えた老闘士から、若き冒険者は空色の帽子を託された。

伝説が誕生した瞬間だった。こうして、若き冒険者が、マート氏の後継者として目されることになったのである。

「師匠の名に傷をつけないよう精進します!」

謙虚な思いを語るMumuさんの頭には、空色の帽子が光っていた。その帽子には、マート氏が託した思いや、Mumuさんとマート氏が演じた熱闘の記憶が刻まれているかのようだった。

Mumuさんと別れた後、記者はオーロラ宮殿にいるマート氏を訪ねた。師匠から見たMumuさんの印象を聞くためだ。

「はじめてあった時のあやつは、確かナイトだったかの。まだまだヒヨッコで、まさかワシが15ジョブすべてで全敗してしまうとは夢にも思わなんだ。長生きはしてみるもんじゃ……」

そういうと彼は、帽子とともに過ごした思い出を語りだした。

小さな漁村ジュノで育った青春の日々。漁船の船長としてブイブイいわせていた頃の武勇伝。そして、終生のライバルであるデーゲンハルト氏をはじめとする強敵たちとの出会い。

そこまで語ったところで、彼はふいに口をとめ、フォフォフォと笑い出した。いぶかしむ記者を横目に、再び口を開くマート氏。

「あやつにも、よきライバルが必要かの。
見所のある冒険者は、それこそゴマンとおるし……」

まるでイタズラを思いついた子供のように嬉々とした表情だった。

「あやつに伝えてくれんか。
これからは、ワシのもとを巣立っていく冒険者たちと共に切磋琢磨していくがよい。それが新しい試練じゃ、とな」

そういうと、彼はポケットの中から空色の帽子を次々と取り出し、再びフォフォフォと笑った。なんと、彼は同じ帽子をいくつも持っていたのである。

それらがレプリカだとは思えなかった。等しくくたびれた彼の帽子は、すべて彼の経験と思いが託された“本物”だったのである。そして、マート氏は、自分の後継者候補をこれからも育て上げていくつもりだと宣言したのだ。

「いやならやめてもいいんじゃぞ」の迷セリフで知られるマート氏の伝説は、その技と志をついだ冒険者たちによって、永遠に語り継がれていくに違いない。

余談だが、取材の最後にマート氏は一言つけ足したことを付記しておく。

「断っておくが、ワシは生涯現役じゃからの。 フォフォフォ」