始めに読者にお断りしておくことがある。本記事の筆者つまり記者はゴブリンだということを。
獣人に対して快く思われていない読者も多いし、また記事を読む前に先入観を抱かれてしまうのを避けたかったこともあり、今まで記者は人間名で記名して取材を続けてきた。 しかし、昨今巷を賑わせている獣人を模した被り物を調査するにあたり、そのモチーフである獣人にも取材した方が情報に深みが増すこと、またそのような驚くべきインタビューを掲載する以上、又聞きしたことにしてしまうと信憑性が落ちてしまうことから、他の記者と相談して自らの正体を明かす決断を下したのである。 あらためて述べるまでもないが「ヴァナ・ディール トリビューン」は人間の発行物。わけても冒険者向けに発行されている読み物である。読者の中には、街道や都市の安全を護るために日夜獣人と戦われている方も多いことだろう。 だが、一方からの視点だけでは物事の本質は見えないのではないか。少しでも広い視野と情報をもった人々が増えれば、何かが変わっていくのではないか。そのような願いから私は人間の記者に混じって取材活動を続けてきた。獣人の書く記事と顔をしかめず、最後まで読んでいただけたら幸いである。 さて前置きはこのぐらいにして、件の被り物をご存知ない方のために簡単にご説明しよう。それは昨今、冒険者の間で流行している〔合成職人が獣人の顔に似せて作った変装道具〕である。 取材はのっけから難航した。被り物に入った銘から作った職人を探しあてることができても「作ってさしあげた方の安全にも関ることだから」と多くを語ろうとしないからだ。さすがは顧客第一のベテラン職人である。 そんな時、ある筋から、一部ギルドのしかもマスターが件の冑に関与しているらしいとの驚くべき情報を得た記者は、その疑惑のギルドを直撃して何か知っているか、探ってみることにした。 某ギルドマスターF氏 インビジを使って工房内に侵入した記者に、氏は顔を一瞬ひきつらせたもののすぐに表情を険しくして、おもむろに質問に答えはじめた。 「あらやだ。なんです? いきなり。そんなもの、ウチとはなんの関係もなくってよ。……ちょっと待って。あなた、さてはカバン職人ね?敵状視察ってわけね? 今すぐ出てって!さもないと、神殿騎士に通報するわよ!!」 某ギルドマスターP氏 届けられた小包をいそいそと開け、中に入っている記者と目があった氏の表情が、笑顔→驚愕→恐怖へと変わる過程は、人間社会に暮らす記者には見慣れたものだった。 「キャ〜☆ な、な、なんで、ここにゴブリンが?!ま、待って、人間の言葉をしゃべってるわ。お、落ち着くのよ。わ、我が国は、や、ヤグードと平和条約を結んでます。そ、そんなもの、わ、わたくしが作るはずございませんわ。ホホ、ホホホホ……」 某ギルドマスターY氏 この国で魔法を使う愚を冒したくなかった記者は、日が暮れるのを待って、同都市の別のギルドを訪ねた。その長Y氏は見慣れているのか、記者を見ても眉ひとつ動かさなかった。 「なんのこっちゃ? そないな冑、ウチは知らんでぇ。だいいちクーワフなんてカメ、見たこともあらへんし」 ![]() 外交上の問題に発展する恐れがあるため、紙面ではこれ以上の追求は避けるが、あの被り物にはどうやらギルドも一枚かんでいるとの確信を得た私は、その足で街を出て北上。ギデアスに赴き、ヤグードの托鉢僧に同じ質問を投げかけてみた。 「知っておる。邪教徒の職人め。我らの身より毟り取った羽根を矢羽根にするだけでは飽き足らず、あのようなおぞましきものまで作りおって……。無論あれを被っている者を見つけたら即誅滅してくれる。なに多少姿を似せようと、無作法な振る舞いで異教徒などすぐにそれと知れるわ」と僧は怒りに羽根を膨らませながら、一気にまくしたてた。 ![]() 彼が記者の身分まで疑り始めたので、早々に退散して街に戻った記者は、飛空便に潜り込んでサンドリアに飛び、そのまま街をぬけてゲルスバを訊ね、オークに接触を試みた。 「ああ、聞いだこどがある。腰抜げの人間どもめ。 我らがオークの武勇にあやがろうと思っでおるのだ。 だが格好だげ真似しでも、胆力が伴わんどなぁ。ダハハハッ!」 そのまま誇らしげにオークの英雄伝を語り始めた騎兵は、明らかに何か勘違いしていると思われたが、根気よく話を聞いていると、よほど嬉しかったのか、乗用のトカゲを貸してくれた。 ![]() トカゲの乗り心地はチョコボに比べるとひどいものだったが、おかげで予定を大幅に短縮してパルブロ鉱山に到着できた。だが、中に入っていくと坑道はいつにもまして物々しい警戒で、すぐに取り押さえられてしまった。聞けば人間のスパイに手を焼き、特別警戒中なのだという。 「やつらァ知らないうちにィ俺たちのォ中にィ浸透してやがるゥ。 昨日もォ俺がァ家に帰るとォ女房がァ突然ダイエットに成功してたからァ驚いたらァ、実はァそいつはァ人間がァ化けてやがったんだァ」 今、クゥダフの間では出会うとお互いにくるりと背を向け、背甲を見せ合う習慣が奨励されているのだという。記者には、あの冑がそれほど出来のよい代物には思えなかったが、彼らの名誉のために黙っておいた。 どうやら獣人の被り物は、思った以上に獣人社会にも知れ渡っているらしい。しかし、その捉え方は各々異なるようだ。 ![]() 取材を終えた記者は、バストゥークから編集部宛て飛空便小包として自分を送り届けた。いつものように箱を開けてくれた同僚の記者はよく見ると件の被り物の一種、ゴブリンコイフを被っていた。 「あなたをびっくりさせようと思って」 入手に苦労したのか、その顔にはまだ生々しい傷跡があった。 最後にゴブリンである記者は、獣人の被り物をどう思っているのか伝えよう。 「我々のマスクを真似したにしては防臭機能がないし、レンズも安物。デザインもいまいちだ。けれど、人間がこちらに歩み寄ってくれたみたいで、ちょっと嬉しい……」 これからも機会があれば、再びゴブリンとして胸をはって記事を書いていきたい。 |