某日。サンドリア領内のとある館で行われた遊園会。この宴には、デスティン国王をはじめとする王侯貴族や各騎士団の正騎士、そして他国の有力者たちが招かれていた。眩いばかりの衣装で着飾ったエルヴァーンの紳士淑女が集う月夜の宴。それはこの世のものとも思えぬ麗しさだったという。

そんな華やかなパーティの中心から少し離れた大樹に隠れるように、その男女はいた。一方は灰色の髪をした長身の美男、もう一方は豊かな髪をアップにした妙齢の美女。背中の大きく開いたサテンのイブニングドレスが、その艶やかな肌を際立たせていた。

吟遊詩人たちの奏でる旋律が耳に届く。

女が何かをささやき、男がこたえた。

「ああ、わかった。満月の晩に例の場所だな。
 ……あの日から今まで、長いつきあいになるな。」
「はい。かれこれ10年以上経ちます」

その後、2人は別々に王侯諸氏の待つテーブルへと戻っていったという。

このような場ではさして珍しくない光景ともいえるが、一方の男性が武名を轟かせているトリオン王子(24)だというのだから、今度ばかりは事情が違う。“サンドリア皇太子妃候補”に関する噂が後を絶たないとはいえ、これほど具体的な目撃情報ははじめてなのだ。

お相手の女性とは、いったいどこの名門のご令嬢なのだろうか?

唯一の手がかりは、2人の出会いが10年以上も前だということ。しかしエルヴァーンの未婚女性が3桁も集まった遊園会である。これだけの情報で絞り込むのは容易ではない。

本誌は早速「あますず祭り」の取材にかこつけてドラギーユ城に潜入し、王子の身近な人々から「王子が10年以上前に知り合った女性」について、それとなく探ってみることした。

王立騎士団長【ラーアル子爵(31)】
成人前の王子の守役を務めていた人物だけに、謎の美女についても知っている可能性は高い。

「何を聞くかと思えば……。
 王子のプライベートなど私が知るはずがなかろう。
 それに、だ。たとえ知っていたとしても
 話すことは決してないだろうな」

これ以上ないくらいのぶっきらぼうな回答だった。


【クレーディ王女(19)】
幼い頃から仲の良い兄妹として知られているだけに、兄の交友関係にも詳しいはず。

「兄さんが10年以上前に知り合った女性……?
 その方を特定するのは難しいかと思います。
 幼少の頃から舞踏会に出席しておりまして
 共にステップを踏まれた方は大勢いらっしゃいますゆえ。
 え、兄さんのダンスについて? えぇと……、本人の名誉
 にも関わることですので、それはちょっと……」

トリオン王子が得意なのは、バトルダンスに違いない。


王国宰相【ハルヴァー(51)】
デスティン国王の右腕である彼ならば、世継ぎ問題を含めて王子のお相手探しも仕事の一部かもしれない。

「10年……、いや20年近く前にはなるが、
 私の妹ならばトリオン様と幼少の頃から面識があるな。
 そうか、妹への取材だな?
 アポイントメントは私を通してくれればいい。
 もちろん、快く取材を受けるがな。
 うむ、そうだ、さっそくここへ呼んだ方がいいな。
 そこで待っておれ」

想定外の事態に記者が逃げ出したことは言うまでもない。

宰相から逃れて城内の廊下に出た記者は、偶然にもピエージェ王子(22)と遭遇した。幼少のころから兄王子のいちばん近くにいた彼ならば、件の美女に心当たりがあるだろう。

「何を嗅ぎまわっているのか大方の予想はつきますが……。
 まぁ、いいでしょう」

ピエージェ王子は、含みのある笑みを浮かべて「私のあとについてきてください。ただし、決して声は出さぬよう」と、ある場所へ案内してくれた。そこは神殿騎士団の練兵場の入口だった。扉の向こうから、金属音が聞こえてくる。

ピエージェ王子が、その扉をゆっくりと開けた。月明かりの降り注ぐ錬兵場で、トリオン王子と1人の剣士が戦っていた。

息詰まる攻防に、記者は思わず息をのんだ。王子の剛剣をしなやかに捌き、攻撃へと転じる白い甲冑の剣士。王子はその反撃を弾くと、再び剣を振るう。まるで剣術大会の決勝でも見ているかのようだった。

やがてトリオン王子が、相手の左腕に痛烈な一打を与え、剣士は武器を落とした。

「おみごとです、トリオン様」

冑から聞こえたのは女性の声だった。

冑を脱いだ剣士の鮮やかなオレンジ色の髪が、白い鎧にこぼれる。王国一の剣士と謳われる神殿騎士団長クリルラさん(25)その人だった。

なるほど、6年前の剣術大会の王座を争った2人なのだから、このハイレベルな戦いにも納得がいく。

――もしかして、例の園遊会にいた妙齢の美女というのは。

記者がそのことに思い当たるのと同時に、ピエージェ王子は扉をそっと閉じた。

「あらぬ風聞を流布されるよりはマシですからね。
 あますず祭りの取材は、これでお終いです。
 ……ゴシップ記事、楽しみにしていますよ」

あとで確認できたことだが、剣の才能に恵まれたトリオン王子は、幼い頃から同年代の貴族の子息では相手にならず、10才も年の離れた者ばかりを相手に修行していたのだそうだ。しかし、身長差などを考えれば、それは決して好ましいことではない。そこで爵位・家門を問わず召し出されたのが、剣の天才少女クリルラさんだったらしい。

2人の出会いから今日にいたるまでのドラマについては、機会を設けて調べるしかないが、トリオン王子にとってもっとも身近な女性がクリルラさんだったということが分かっただけでも大きな収穫だ。

いつ、2人が大人の関係へと変化するかもしれないのだから。いや、もしかしたら、もうすでに……。

だとすれば、名実共に史上最強カップルの誕生である。

Illustration by Mitsuhiro Arita