お久しぶり。“動物のお姉さん”ことアテルーネ(Atelloune)が帰ってきたわよ。動物好きの坊やたち、いい子にしてたかしら? 私を知らない読者の皆さんは、バックナンバーを読んでからいらっしゃい。

前置きはこのへんにして、エルヴァーンのボクから届いたお便りを紹介するわ。




====================================================================== あれは数週間前のことです。1人きりでジャグナー森林に迷い込んだ小生は、巨大樹の化け物に突然襲われ、命からがら逃げ帰って参りました。その所為か、夜な夜な悪夢に悩まされております。虚ろな眼をした巨大樹に追い回され、挙句に骨まで喰われてしまうという恐ろしい夢です。だいたい彼らは、植物だというのに何故移動するのでしょう? 何故人間にまで襲いかかってくるのでしょう? 動物のお姉さん、ご教示ください!
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755年頃の旅行記で紹介されたトレント。

ということで、ここからは“プラントイド類”に属する“樹人族”、つまりトレントちゃんの話です。地方によっては、レーシィやグリーンマンとも呼ばれているわね。――今回から植物のお姉さんになったのか、ですって? 動くものは、すべて私のおもちゃなのよ。

早速ですが、うちのセンセこと生物学者クラボエール男爵の著書から、重要なところを読み上げます。今回は、新刊の『図解版 生物うんちく大全』からよ。最後までついてきなさい?

うんちくNo.108 樹人族は“移動性植物”の一種だ!!
獲物を求めて動きまわる樹人族は、実に動物的。彼らのように、一部の器官が超発達して移動手段を獲得したスーパー植物は“移動性植物”と呼ばれているのだ。しかし、樹人族が活発に動きまわっているのは一時期だけで、その大半は土壌にしっかり根を下ろし、緑葉で光合成を行って、普通の植物と同様に静かに過ごしていることをご存じだろうか?』


いいこと? 自然界には、動物や植物といった単純な分類に当てはまらない生き物が存在するの。どうしても納得できないというウラグナイト頭の人は、後で私の研究室にいらっしゃい。個人指導で納得させてあげるわ。

続いて、付録の図を見てみましょう。

様々な植物の移動方法

ああ……、なんて素敵なの。嘘みたい……。人気のプラントイドたちが大集合。しかも、それぞれの移動方法が一目瞭然よ。

――はい、静粛に! このサップちゃんが、実はトレントちゃんと同じ樹人族だって知っていた人は挙手。――よろしい。全然知らなかった坊やたち、サップちゃんについては後からじわじわ聞かせてあげるから、今は何も聞かないで。そう、いい子はぐぐっと我慢して。

ここで、いったんトレントちゃんの話に戻ります。多脚型に属するプラントイドは、たくさんの脚を使ってワサワサウネウネ這い回るのが特徴なの。脚と呼ばれているけれど、実際は植物の器官が一時的に発達したものよ。トレントちゃんの場合、明らかに根っこを発達させて脚にしているわね。

地面から根っこを引き抜くなんて、樹にとっては命がけの行為じゃないかって? そのとおりよ。ねえ、トレントちゃんが、そうまでして移動するのはなぜだと思う? 答えは「動物たちを捕食するため」。……もちろん、人間だって例外じゃないわ。

ついでに、もうひとつ問題よ。どうしてトレントちゃんは、動物の養分まで欲しがるのかしら? ――いやね、誰もわからないの? ずばり「繁殖」するためよ。――そこ、モジモジしない。

いい? トレントちゃんも、普段は他の木々と同じように大地に根を下ろして土壌の滋味や水分を吸い上げ、葉では養分を光合成して生きているの。でも、ある時期が来ると受粉して、子ども(若木)をたくさん作るための準備に入るの。だから、養分がいくらあっても足りなくなるわけ。何? 他の植物は自分で何とかしている? ふふ、いいところに気づいたじゃない。

仕方ないわね。このへんで『図解版 生物うんちく大全』の特別付録『樹人族の成長』の図を見せてあげようかしら。ああ、センセったらすごい。他のうんちく本とは一線を画する、この内容の濃さったら……。



ほぉら、瘤分期のトレントちゃんを見て。眼と口の横にできたコブみたいな部分。赤ん坊のような顔が2つ浮き出ているでしょう? どこかで見た覚えがあるような……。気づいたわよね? このコブが、あのサップちゃんになるの。

つまり、こういうことよ。

トレントちゃんが子づくりすると、幹にコブが誕生する。やがて成長したコブは切り離されて、かわいいサップちゃんになる。サップちゃんは、生育に適した地を探して旅立つ。ところがサップちゃんにはまだ、ママにあるような口らしき器官がない。かといって適当な場所に根っこを下ろすわけにもいかない。だから、ママが球根に蓄えておいてくれた水分や養分を少しずつ消費しながら旅を続けていくしかない……。

なんて健気なのかしら。それなのに、旅の途中で蓄えが尽きて干乾びてしまったり、冒険者に突然斬りつけられたり……。残念ながら、オトナになれるのは、無事に旅を終えた一握りのサップちゃんだけなのよ。あぁら、泣いているのは誰? 残念だけど、健気でかわいいだけじゃ生き残れないわ。それが自然界よ。

さあ、早く鼻をかみなさい。ここからは、センセの付記を読み上げて一気にまとめていくわよ。

『萌芽期:若木が放浪を止めて根を下ろし、成長し始める時期。ただし、干乾びる前に生育に適した理想郷を発見できるのは、ほんの一握りの運のよい若木だけである』

ちなみに、個体識別票を使った実験によれば、無事に萌芽期に入れるサップちゃんは、全体の百分の一にも満たないそうよ。

『成長期:萌芽期を経た若木が根で滋味や水分を吸い、葉で光合成を行って普通の樹と同様にゆっくりと伸びゆく時期』

まだ完全なトレントちゃんにはなっていない段階よ。サップちゃん時代と同じくチャーミングな眼は閉じたまま。口も形成される途中のようね。

『母樹期:受粉したことを切欠に、再び移動性植物へと著しく変貌を遂げる時期。この時期に、動物の眼のような役割を果たす受光器官と、同じく口のような役割を果たす咀嚼器官(消化器官に接続されている)が完成する。そして、自らの根を引き抜いて、まるで捕食動物のような生態へと変化し、獲物を求めて這いまわる』

モンスターとして人間に恐れられているのは、この時期のトレントちゃんね。

『休眠期:受粉によってできたコブを切り離したトレントが、次の母樹期に備えて再び大地に根を下ろす時期。この時期の生態は普通の樹木とほとんど同じである。伐採人の間で交わされる冗談に“まさかりで切り倒したら呻き声が聴こえ、初めてトレントだと気づいた”という話があるが、あれはちょっと脚色された事実であろう』

一度我が子を送り出したら、次の母樹期を迎えるまでの間、普通の植物に戻るのね。実際に私も休眠期のトレントちゃんを調べてきたけれど、普通の木々と見分けがつかなかったわ。

さて、ここまでちゃんと話についてきた人なら、わかったわよね? あの頼りないサップちゃんが、立派なトレントちゃんに成長するのは、本当に大変なことなのよ。だから、あの子たちには優しくしてあげなさい。でないと、いつかきっとあなたが餌にされるから……。

……というわけで、今回の答えは、これよ!

====================================================================== 植物であるトレントが無理に移動してまで動物を捕食するのは、かわいい子を生み、さらにその子たちが旅で必要とする水分や養分(つまり水筒と弁当)を持たせてやるため。母の愛は、パワフル&ハートフルなのだ! ======================================================================
どう? 満足したかしら?

Illustration by Mitsuhiro Arita