「ハイドラ戦隊」という部隊をご存知だろうか?
若い読者は名前すら耳にされたことがない方も多いだろう。無理もない。「ハイドラ戦隊」は大戦中に急きょ編制され、大戦末期にズヴァール城で壊滅した短命の部隊だった。否、正確には壊滅したと信じられていた部隊、というべきだろうか。何故なら最近ある冒険者がデュナミスと呼ばれる異界より持ち帰った2通の手紙により20年ぶりに彼らの消息が判明したのだ。

ハイドラ戦隊の隊員が書いたと思われるその手紙の宛て名から、我々は受取人となるはずだった方を見つけ出し、手紙を見せた。突然の来訪に、当初彼女は戸惑ったような表情を浮かべながら封を切ったが、しばし目を走らせて黙した後、落涙しながら手紙は本物であると語り始めた。そして、少しでも消息を知る足しになるならと、かつて彼から受け取った他の手紙も我々にたくし、公開することを許してくれた。

その手紙の中から一部をかいつまんで紹介しつつ、ハイドラ戦隊の実像、そして壊滅の謎に迫ってみたい。

862年11月28日の手紙より抜粋
『……喜んでくれ。今日はボクにとって記念すべき日になった。なんと、つい最近編制されたばかりの多国籍教導部隊への配属辞令が下りたんだ。「ハイドラ戦隊」っていうんだって。どうやら、ボクがトレジャーハンターをしてた頃の経験が買われたみたい。魔法を使えない魔戦士だってばかにされ、軍では肩身の狭い思いをしてきたけれど、その部隊ではむしろスペシャリストが歓迎されるらしい。キミがいつも言ってたとおり、やっとボクの認められる時代がきたってことさ。これからは報酬も格段に上がる。ボクらの結婚資金だってすぐ貯まるさ……今までみたいにリンクシェルで話すことはできなくなるけれど、代わりに手紙をたくさん出すつもりだから安心して……』

862年12月4日の手紙より抜粋
『……今、ハイドラ戦隊に合流するため、ある場所へと向かっている。何でも、そこで大規模な作戦が準備されつつあるらしい。といっても、あちこちで戦線が崩壊してるから、こっちはたどり着くだけでも一苦労さ。この手紙が無事に着くといいけれど……ところで、ハイドラは何かってキミの質問だけど、答えが分かったよ。近東に住む不死身の龍なんだって。聞くところによれば、その龍は複数の首を生やしていて、各々が役割を分担してひとつの身体を動かしてるらしい。ちょっとぞっとしないけど、きっとスペシャリストが協力して、ひとつの大きな結果を残す、って意味で名を借りたんじゃないかな……』

862年12月9日の手紙より抜粋
『……昨晩、やっと戦隊と合流することができた。なんせ、辺りはすでに獣人軍が包囲してたから、やつらの攻城器に便乗したり、大声で偽の命令を発したり、ほんとに大変な夜だったよ。この手紙だって、出せるのはいつになることやら……。
そうそう、ハイドラ戦隊に話を戻すけれど、隊員と顔合わせをした時、正直ちょっと失望したんだ。だって多国籍部隊とは名ばかり。ほとんどの隊員がサンドリアの騎士団上がりだったんだから。まぁ、装備サイズの問題とか、命令伝達の問題とか、もっともらしい理由はいろいろ聞かされたけどね。
でも、嬉しいこともあったよ。なんとピカピカの新しい潜入服を支給されたんだ。これで、今までの動きにくい外套とはおさらばさ。何でも、ボクの素早い動きを妨げないように、あらかじめシーフの技を研究して作ったんだって。しかも、各国から召集された最高の職人が、最高の素材で作り上げたものらしくって、着ると自然と力が湧きあがるような感じなんだ。これを着ていれば、この戦いを生き残れる。うん、きっとね。だから○○○○、心配しないで。きっと、またあの丘で会える、約束するよ……』

863年1月28日の手紙より抜粋
『……ついに、獣人軍の最後の部隊が撤退を始めたようだ。いよいよ、これからはボクら連合軍が攻勢に転じる番だ。ミンダルシアの補給線もつながったから、7週間分の手紙をまとめて出しておいたよ。どっさり手紙を受け取って、キミが目を白黒させてる姿が目に浮かぶけれど。
そうだ! もっと驚くことを教えよう。なんと、ボクは防衛戦での功績が認められて一隊を預かることになったんだ。大きなエルヴァーンの隊員をボクが指揮してる姿を想像してみてよ。あっ、笑っちゃだめだよ。
ハイドラ戦隊は試験的に特殊な編制がなされてて、兵科(隊では「ジョブ」って呼んでる)が異なる隊員を組み合わせた、「パーティ」って呼ばれる6人からなる混成小隊を最小単位としてる。だから、隊長といっても部下は5人。けれど、腐ってもエリート部隊だからね。普通の獣人軍なら一個大隊ぐらいは楽に相手にできるツワモノぞろいさ。キミもこれからはボクのことを「隊長」って呼んでくれたまえ。えっへん……』

863年8月3日の手紙より抜粋
『……今日もズヴァール城に動きは見られない。すでに、兵力では味方が圧倒的に勝っているはずだけど、不用意に城攻めはできないんだ。何しろ、城内にはまだ獣人軍の最精鋭部隊「フォーローン・バンガード」と親衛隊「ダークキンドレッド」がほとんど無傷で残されているようだし、一方の連合軍の将兵ときたら、もうくたくたで……。
そこで、ボクらハイドラ戦隊の出番さ。今晩、ズヴァール城への潜入作戦を敢行するんだ。いちおう志願が原則だけど、おそらく戦隊の全員が参加するだろう。無論、ボクもだ……。だって、潜入のプロだもんね。
とても危険な任務になるだろう。でも、だいじょうぶ。作戦に備えて、ボクにはすごい短剣が支給されたんだから。名前は「マンダウ」。切れ味抜群なんだ。しかもキミは信じないだろうけど、なんと武器のくせにしゃべるんだよ。こいつが言うには、以前は有名な盗賊に所有されてたんだって。あっ、言っとくけどボクの頭は正常だからね。聖都に戻ったら紹介するよ。でも、ちょっと高慢だからキミは好きになれないだろうけど……』

863年8月13日(未着分の手紙より抜粋)
『……あれから10日は経っただろうか……でも、ここはいったいどこなんだろう? ボスディンにいるのは確かなんだけど、友軍の姿はない……昼夜の区別もない。だいたい時間すら流れてるのかどうか怪しい……ズヴァール城で敵の親衛隊と戦っていた時、突然あらわれた闇に覆われて、気がついたら他の隊員、そして戦っていた敵の親衛隊と共にここに倒れていた。敵の様子を見るに、やつらも予期していなかった事態みたいだ……ともかく、ここでもボクたちは戦い続けている。敵の戦意は高いし、負けてはいられない……』

867年9月10日(未着分の手紙より抜粋)
『愛しい○○○○へ。
おそらく、これがボクの書く最後の手紙となるだろう。ボクは言葉を忘れないため、時間を失わないため、キミへの手紙を書き続けてきた。けれど、ここから脱出する方法は……なかった。ここは隔絶した場所。牢獄なんだ。隊員の中には、ボクらが気を失っている間に世界は滅んでしまい、ここしか残された場所はないんだと考えてる者もいる。
とにかく、ボクらはずっと戦い続けてきた。見渡す限りの白い雪原に、ほんのひととき赤い花を咲かせるために……すでに隊員の多くは正気を失い、ただ虚ろな眼でひたすら敵を追い求めている……何のために戦うのか? 何のために血を流すのか? ここにいると、そんなこと、すべてがどうでもよくなってくるのだ……。
ボクは彼らのようにはなりたくない。キミのことを忘れたくない。だから、マンダウに魂をたくし、心を閉ざすことに決めた。この世界でも女神様が見ていらっしゃるならば、きっとこの手紙を届けてくれるだろう。だから、さよならは言わない。きっと、いつかまた会えるその日まで……。
キミの○○○○○○』

この手紙に登場する「隔絶した場所」こそ、冒険者にデュナミスと呼ばれている地のことなのだろう。冒険者の中には、そこでハイドラ戦隊の残党らしき兵士に襲われたと証言する者も多い。そして、すでに彼らの眼からは心の光が失われていた……とも。
願わくば、冒険者の手によって彼らが魂の獄から解放され、女神の御許へ再び戻らんことを……。

Illustration by Mitsuhiro Arita