願いごとはひとつだけ (2013/06/18)

肌を焦がした日差しが弱まり、
笹の葉がゆれる黄昏時を越え、
無窮の空にミルク色に輝く大河が昇ると、
色とりどりの花火が打ち上がる音と共に、賑やかな楽の音が聞こえてきます。

今年も銀河祭の季節がやってきました。

ヤヒコ皇子とアムディナ姫の伝説を思い起こしながら、
好きなあのひとと、祭りに参加してみるのも良いかも。

毎年恒例の、いつもの銀河祭。
それでも、すべてが同じわけではなくて、

今年は、いつもと違うお祭りになったふたりもあるようです。

「やっぱりMHMUに任せるだけのイベントってつまんないと思うのよね」
銀河祭が近づいたある日、
リンクシェル『笑う狼』で最もお祭り好きなタルタル娘のチェキキが言った。

彼女の提案は、要約すればこういうことだった。

カップルを作って、決められた場所をペアルックで練り歩く。
歩きながら、即興でパフォーマンスを行う。
観客から最も声援を集めたカップルの勝ち。
題して、
『《笑う狼》主催。第一回、銀河祭ベストカップル・コンテスト!』

「なになに? おもしろいこと?」
狩人のタマキが、ニコニコしながら尋ね、
「か、かっぷるぅ?」
ナイトのカイエは、警戒しながら言った。
ふたりともヒュームの冒険者で、このリンクシェルの最年少組だ。

「そーよ。あんたとタマキみたいな」
「ちょ! なんで俺たちを見本みたいに言ってんだよ!」
「そーよそーよ!」
「はあ。息のあった反論だこと」
「違うっての!
だいたいさぁ。うちのリンクシェル男女同数じゃねえだろ!」
「気にしなくていいのよ、そこは。
あたし、カップルが恋人同士だとは、ひとことも言ってないしー」
ニヤリと笑みを浮かべられ、
うっかり視線を合わせてしまったカイエとタマキは、神速の勢いで顔を逸らせた。

「重要なのはね、
ペアルックと恥ずかしいパフォーマンスよ!」
「は、恥ずか──って、おい!」
「あ、間違えた。
そこは、《おもしろい》ね」

絶対わざとだ、とカイエは思った。

「歌ってもいいし、踊ってもいいし、
ヤヒコ皇子とアムディナ姫の、アツアツらぶらぶな小芝居でもいいわ!」

どっ、と周りのメンバーたちが笑った。
《笑う狼》はお祭り好きがそろっているのだ。
賛成多数で、チェキキの提案は可決されてしまった。

場所はジュノ最上階の《ル・ルデの庭》。
時期は銀河祭の初日と決まった。

それが一週間前のこと。
最初に参加を表明したのが、リンクシェル内の恋人たちだ。
それを見て、
このときとばかりに告白に踏み切る者が出て、お祭り前にカップルが増えた。
こうなると、ますますみな乗り気になってくる。
友人同士で装備を合わせて参加を決める者たちまで出てきた。

気づけば、カイエとタマキを残してほとんどが参加を決めてしまっている。

「やってらんねー」
言いながら、笹の葉にカイエは短冊を結びつける。
願いを書いた紙を笹に結びつけて祈りを捧げるという風習は、東方のものらしい。
この時期になると《ル・ルデの庭》にも大きな笹が立てられ、
いつの間にかたくさんの短冊が飾られている。
「こんなんで叶ったら、世話ねえけどな……」
言いながらも、カイエは東方風に笹に手を合わせて祈ってしまう。

「何やってんのよ?」
声にぎくりと背中をすくませる。
カイエが振り返ると、目の前にタマキが立っていた。
「い、いつからそこに?」
「今」
ぶすっとした声でそう言った。
タマキの表情にも気づかずに、カイエはほっと胸を撫で下ろしてしまう。
「別に何もしてないぜ」
「……まあ、いいけど。で、今日、どうすんの?」
「えっ?」
「どーせ参加しないんでしょ?
見てるだけじゃつまんないし、狩りに行かない?」

タマキの提案にカイエは乗った。

カイエとタマキはダングルフの涸れ谷に行き、大ミミズを狩り始めた。
体長が、ヒュームの倍はある《ワーム》と呼ばれる類の魔虫だ。

茶色の岩地を歩いていると、大地を割り、いきなり足下から跳び出てくる。
全身を鞭のようにしならせて、渾身の一撃を仕掛けてきたりする。
「もうちょい粘って!」
「任せろ!」
楯であるカイエが魔虫の攻撃を引き受け、
離れた位置からタマキが弓でとどめを刺す。
カイエもタマキも白魔法を覚えているから、
負傷したらどちらかが隙を見て相手を回復する。
もちろん魔虫の攻撃をタマキに向かせるようなことはしない。

戦っているうちに、
カイエの心の中にわだかまっていた重苦しい気持ちが消えてゆく。
(無心で戦っているときは息が合っているのにな……)

気づけば、あたりに夕闇が迫る時刻になっていた。

「もうやだー!」

はっとなってカイエは振り返った。
弓を下ろして、タマキが棒立ちになってしまっている。
「な、何、やめちゃってんだよ。気を抜くとあぶねーぞ!」
慌てて駆け寄る。
「どうしてあたしたち、こんなところにいるんだろう……」
「言いだしたのは、おまえのほうじゃねーか」
「ばか」
傾いた夕日にタマキの横顔が赤く染まっている。
「おまえ……泣いてんのか?」
カイエは立ち尽くしたまま何も言うことができなくなり……。

「あー、こんなとこにいた!」
声に振り返ると、逆光の中をふたりに向かって走ってくる小さな影がひとつ。
「チェキキ?」
カイエの手前で急停止すると、チェキキが言う。
「ほらほらイベントが終わっちゃうわよ!」
「へ?」

気づけば、ふたりそろって浴衣を着せられ、
なぜか《ル・ルデの庭》にいた。

「ほら、ぐるっと周ってきなさい」
「お、俺たち。いや、俺は参加するなんてひとことも……」
「あんたたちで最後だから。みんな競売所前で待ってんのよ!」

聞く耳持たずに言い残して、チェキキは風のように走っていった。

「ど、どうする?」
当惑しつつ、カイエはタマキのほうに振り返って。
数秒、頭の中が真っ白になってしまった。
浴衣姿の彼女がとても……。
「な、なによ?」
ぶっきらぼうにタマキが言った。
「かわいいな、って。あ、ちが──」
てっきり怒鳴られると思って身構えたら。
まさか、真っ赤になってうつむくなんて。
反則だろ、
と、カイエは思う。
まだ彼女の目は赤いままだった。胸の奥がなぜかちくんと痛んでしまう。

どちらからともなく、歩き始める。
ふたりの間は、付かず離れずの半歩の距離。
肩が触れそうで触れない。
それなのに、どちらも手ひとつ伸ばすわけでなく、
声をかけるでもなく、
ただ無言のままジュノ最上階を歩いていた。

大公宮殿の前を過ぎると、もうすぐにゴールだ。
仲間たちが待っているのが見えてくる。
競売所の上の空にも藍色の夜が降りてきていた。

「結局、何もしなかったな……。歌くらい、歌うか?」
思い切ってカイエは言ってみた。
「しないんじゃなくて、できないんでしょ」
「な、なんだよ、それ!」
「ごめん。忘れて。あたしも同じだし」
「同じって何を言って……おまえ……」
また泣いてんのかよ、と。
言おうとして、彼女の手が何かを握りしめているのに気づいた。
帰還の魔法の呪符だ。
「あたし帰る」
「お、おい!」
止める間もあらばこそ、彼女は握りしめた呪符の力を解放し始める。
「待て。ちょっと待てってば」
呪符の表面に淡い魔法の光が躍り始めた。
宵闇を切り裂くように光が彼女の全身を包む。

「行くなよっ!」
カイエは、とっさに呪符を握る手を抑えて呪文の発動を防いだのだ。
効果を発揮しそこねた魔法が、ぱんと空間に渇いた音を立てて消えてしまう。
「離してよ」
「や、やだよ! おまえ消えちゃうじゃんか」
「離して! もういいの! もうやだ!」
涙を散らして叫ぶタマキに、思わずカイエも言い返した。
「離さねー!」
「なんでよ!」
「ま、まだ手も繋いでないじゃんか!」

言ってから気づいた。
じとっとした目でタマキが手首を見つめている。
カイエが掴んだ手首を。
「あ、いや、これは……ちがうんだ。その……だって」
「痛い」
上目遣いで睨まれて、カイエは慌てる。
「お、俺は、手を握りたいだけであって、
決して、意地悪をしようとかそーゆーんじゃないから!」
「繋ぎたいの?」
「あ……うん。そう」
「ん」
手を差しだされた。
その小さな手を、カイエは今度はそっと握る。
タマキの手は、柔らかくて温かかった。

その瞬間に口笛と歓声と拍手が沸き起こった。
顔を上げると、いつの間にかリンクシェルの仲間たちと、
見知らぬ冒険者たちが、カイエとタマキに声援を送っている。
自分たちの行動がぜんぶ見られていたと気づいて、
ぼん、と、まるで音を立てたみたいに、ふたりの顔が真っ赤に染まった。

それでも、
カイエとタマキのふたりは、
互いに握った手をずっと離さなかった。

「ねぇ。さっきのって、短冊を書いてたんでしょ? なんて書いたの?」
「うええ? い、言わないよ!」
カイエの真っ赤になった顔を見上げながら、
「あたしはねぇ」
タマキが言った。
その言葉に、カイエは驚いたのだ。
短冊に、
カイエもタマキも、まったく同じことを書いていた。

ジュノ最上階を夜の風が吹き抜けてゆく。
ミルク色の大河が天球をゆっくりと回る。
毎年恒例の銀河祭。
けれども、今年の夏は少しだけいつもと違っていた。

願いを掛けた言の葉は。

『どうか、素直になれますように』


Story : Miyabi Hasegawa
Illustration : Mitsuhiro Arita

開催期間

銀河祭は2013年6月25日(火) 17:00頃から7月9日(火) 17:00頃までを予定しています。

モーグリの出現場所

モーグリに話しかけると、イベント内容を聞くことができます。

北サンドリア(D-8)/バストゥーク商業区(G-8)/ウィンダス水の区(北側)(F-5)