われわれMHMU(モグハウス管理組合)が関わるイベントは、安全確実絶対安心がモットークポ。
日頃の冒険者さんたちの献身に感謝を込めて企画しているものだからして。
それは当然なのであるクポ!
だから、冒険者のみなさん。
牛追い祭りには、ぜひ奮って参加してほしいクポ!
野牛たちに突進されて、
たまーに跳ね飛ばされてしまうこともあるけれど。
だいじょうぶ。
われわれの施す秘術の加護があれば、ぜったいケガなんてしない!
……たぶん。
いやぜったい!
きっと……クポ。
牛追い祭りは、とっても楽しいイベントなのクポ!
ぜひぜひ、今年のお祭りもわいわいと遊んでほしいクポ〜〜〜!
カナンは、この春から冒険を始めたばかりのヒュームの少年だ。
選んだ道はモンク。
己の肉体そのものを、武器と化し鎧と化して戦う姿は、子どもの頃からの憧れだった。
──のだが……
「だから、あんたが最適なんだってば、カナンちゃん」
「何が『だから』ですか……あと、ちゃん付けはやめてくださいってば!」
「なによ。ちょっと見ない間に偉そうな口をきくじゃないの」
カナンはため息をついた。
その女性は、彼の前で腕を組み、どう見ても彼よりも偉そうな態度で、
見下す視線で彼を見上げる、という器用なことをしていた。
これでも彼女はカナンの先輩なのだ。
歳だって3つも上だ。背の低さはタルタルなのだからしょうがない。
「チョコナナさん、どうしてボクが牛追い祭りに参加しなくちゃいけないんですか」
「だから最適だからだってば」
そんなことも判らないのかとチョコナナがぷうと頬を膨らませた。
かわいい……。
じゃなくて──
カナンは気を引き締める。こうやって、いつもいつも丸めこまれてきた。
こう見えてチョコナナは戦術魔道を極めた学者なのだ。
「ねえ、きゃとるぱるとって知ってる?」
チョコナナはいきなり話題を変えてきた。
「は? ……かた……ぱると?」
「それはギガースの投石技のことでしょ。じゃなくて、キャトルパルトよ」
「どこかで聞いたことがあるような……」
カナンは必死で記憶をさらったが思い出せない。
ふたたび小さな肩をすくめてチョコナナが言う。
「野生の大牛(Bull)の突進のことよ。
機嫌が悪いとき、近寄ったやつを吹っ飛ばしちゃう、あれね」
「ああ、あれですか」
「キャトルって牛のことなの。キャトルのカタパルトだから、キャトルパルト。
まあ、冒険者たちがつけた造語なんだけど……」
「だから、冒険者はヘンな言葉ばっかり使ってるって言われるんですよ!」
「言葉は実感が籠もってないと廃れるのよ?」
すごくもっともらしく言ったが、たぶんもっともらしいだけだ。
「まぁ、ボクはあんなのにやられるほど油断してませんけど」
うっかり張った見栄を、チョコナナは見逃しはしなかった。
「ほら、やっぱり適任だ!」
にんまりとチョコナナが微笑む。
カナンの背にじっとりと汗がにじんだ。
「キャトルパルトを喰らうと、ふつうの牛の突進より遥かに遠くまで吹っ飛ばされるのね。
でも、牛追い祭りのときだけは喰らってもぜんぜん平気なの」
「そう……なんですか」
「うん。それって、『モーグリの秘術』のおかげなのよ」
「秘術?」
「そうよ。その術は、いわば魔法の鎧を着るような効果を発揮するの」
牛追い祭りでは、危険がないようにとモーグリたちが加護の術を掛けてくれる。
突進されても、ケガせずに後退するだけなのはそのためだ。
カナンは、ロンフォールの森で、オークのショルダーアタックを喰らったことがあるが、
あれは痛いどころでは済まなかった……。
「でも、あまりに強い衝撃は、その魔法の鎧じゃ防ぎきれないみたいでさぁ。
ものすごい突進を受けたときだけ、安全なところに転送するみたいなのよ。
で、ここからが本題なんだけど……」
いつの間にか、牛追い祭りに話題が戻っていたことにカナンは気づかなかった。
「あたし、思ったわけよ。
キャトルパルトを喰らったときの秘術の効果を詳しく調べれば、
モーグリ族の使う転送の魔法についての新しい発見があるんじゃないかって」
「詳しく調べるって……」
「あたしの見立てだと、モーグリたちの転送術は、テレポやデジョンに近いと思うの。
最近じゃ西の国からの新しい移送術が脚光を浴びてるけど、
あれはほら、
保護された肉体を文字どおりに『宙を駆けさせる』方法でしょ?
あれと同じなら、飛んでくところが見えるはず」
「そうか、跳ね飛ばされた瞬間に消えちゃうってことは……」
「ほらほら、興味が出てきたでしょ!」
しまったとカナンは思ったが、もう遅い。
「まさか、ボ、ボクに、わざと牛の突進を喰らえって──」
「偏見や先入観を取り除くために、
まだキャトルパルトを味わっていない冒険者を探してたのよー。
いやあ、おねえさん助かっちゃうわー」
キャトルパルトなんて喰らったことがない、と言ってしまったのはカナンのほうだ。
3日後に牛追い祭りが始まった。
カナンは、MHMUのモーグリから術を掛けてもらうと、野牛の前に立った。
「ほ、ほんとうに大丈夫なんだよな?」
我知らず、声が漏れてしまう。
こうして前に立つと、大牛の威容が肌で判る。
巨体は見上げるほどで、
頭の左右に突きだした大きな角は、やすやすとカナンの全身を貫いてしまいそう。
背筋に冷たい汗が伝い落ちてくる。
じりじりとカナンは大牛に近寄ってゆく。
野牛がカナンに気づいた。
ぶふぅ、と鼻息を荒くする。
どうやら恐れずに近寄ってくるカナンが気に入らないようだ。
(いや……めっちゃ怖いんだけどね……)
カナンの肌には魔法の鎧がまとわりついている。
──はずだ。
白魔道士も似たような保護の魔法を使うけれど、
モーグリのそれは、もっと薄い膜のよう。
しかも、光りもしないので、掛かっているかどうかも判らない。
大牛が頭を低くして突進してきた!
込みあげてくる恐怖心をカナンは必死でねじ伏せる。
己の肉体こそが……最大の鎧! それがモンクだ!
なにより彼女に笑われるのはイヤだった。
激突する直前、視界いっぱいに映し出されていた大牛の姿がぐにゃりと歪んだ。
空間が歪んでいるのだと気づいたのは、その後ろの風景までが曲がって見えたからだ。
目の前が真っ暗になる。
衝撃を受けたものの、それは痛みを伴うものではなくて、
カナンの身体が猛烈な勢いでいずこかに向かって落ちていったからだった。
(うわぁぁぁぁぁぁあ!)
飛びそうになる意識をなんとか繋ぎとめた。
気づけば、そこは見慣れたサンドリアの街角だった。
「た、助かった……のか?」
「何か見えた?」
声に顔をあげれば、デジョンで戻ってきたのだろうチョコナナだった。
「見えたかって……。いや、一瞬だったし」
「何も見なかったの?」
「み、見ようとはしたんだよ! ただ、すぐに何も見えなくなっちゃって……」
ばつが悪いったらない。
大口叩いて、たいした成果がないのだから。
けれど、チョコナナは不意に優しい顔になると言ったのだ。
「でも、最後まで目を閉じなかったんだ?」
「えっ……あ、まあ……」
「やるじゃん、少年!」
にぱっと微笑まれて、へたりこんでいた背中を、どんと叩かれる。
「さすがはモンクだね!」
その言葉に、落ちこみから軽く浮上してしまったのだから、
どんなに強くなっても、自分はこのタルタル娘には弱いのだろうな。
そんなことを思った、牛追い祭りだった。
Story : Miyabi Hasegawa Illustration : Mitsuhiro Arita |
開催期間
2013年9月12日(木)17:00頃 〜 9月26日(木)17:00頃
イベントについて
イベント期間中、以下のエリアに多数の野牛が出現します。野牛の習性をうまく利用してモーグリの近くまで誘導しましょう。まずは、以下のエリアにいるモーグリに話しかけ、詳しい事情を聞いてみてください。
西ロンフォール(I-6)/東ロンフォール(G-6)
北グスタベルグ(L-8)/南グスタベルグ(L-8)
西サルタバルタ(J-8)/東サルタバルタ(G-11)
制限について
・イベント参加中は制限がかかり、モンスターに攻撃できなくなりますが、モンスターから襲われることもありません。
・エリアチェンジやログアウトを行うと、制限は解除されます。