銀も金も玉も何せむに (2015/06/23)

銀河祭──その成り立ちは、遠く東の国の伝説に端を発します。

たゆたう大河を挟み、東と西に分かたれた恋人たち。
アムディナ姫とヤヒコ皇子の悲恋伝説。

彼らを悼み、短冊を飾った無数の笹を両岸に立ち並べる。
それこそが夏の祭りの始まりだった、と。

離れているからこそ、なお強く──
互いの半身を求めるかのように、

かすかに見ゆる恋い焦がれる相手をまるで手招きするかのごとく、
笹の葉はこの夏も揺れるのです。

これはそんな夏祭りの最中に近東のアトルガン皇国で起きた、
いにしえの別れと、新たな出会いの物語。

アトルガンの街の片隅に、とても貧しい兄妹がいた。

兄は十四、妹七つ。
父も母もすでに亡く、さらにふたりは血の繋がりもなかったが、
互いに互いを見つめる日々を重ね、手を取り合って仲良く過ごしていた。

皇国の開放政策に伴い、訪れる異国の客を相手に絵織物を仕入れては売る。
それが兄妹のゆいいつの糧を得る手段だった。

その日も兄のナブディーンは、織物屋から仕入れた絵織物を路上に並べて売っていた。
だが朝から全く売れない。

聞けば、
バストア海の海賊たちがなにやら動きだしたらしい。
もしかしたら、それでアトルガンの客足にも影響が出ているのかもしれなかった。

蛮族からの皇都攻めは、最近では傭兵たちが難なく退けてしまうから、
命を落とす危険だけは減っていたけれど。

「あー、もう今日は閉めるか!」
ため息とともにナブディーンは店を畳み、絵織物を抱えて家路についた。

「ナツメ、帰ったぞー」
扉を開けて妹の名を呼ぶが応えがない。
どこかへ遊びに行っているのだろう。
そう思いつつも、ナブディーンはいつもこういう時に不安になる。

近東様式の兄妹の部屋は一間だけの簡素なもので、
間仕切りもなく、ワードローブがひとつだけ。

ワードローブの奥へと仕舞いこんだ小箱を取り出して、開けた。
赤く染められた布に大切そうに包まれたカンザシを見つめる。
遠く、ひんがしの国の髪飾りなのだという。
嘴に大きな真珠を咥えた鳥の形をしている。
周りには小さな真珠を散らせていて、たいそう瀟洒な作りの代物だった。
赤ん坊の妹は、このカンザシを握りしめて泣いていたのだという。

兄は元通りに布に包んで箪笥の奥深くに押し込んだ。

「お兄ちゃん、なにしてるの?」
ドキリと心臓が跳ねる。振り返ると妹がいた。
「なんだ。ナツメか。驚かすなよ」
「驚かしてなんかいないよぅ。ただいまって言ったじゃん!」
「言いました、だろ」
ナツメの下町言葉を注意してから、
ナブディーンは妹が何やら手に持っていることに気付いたのだ。

それはカンザシだった。
大きな真珠を嘴に咥えた鳥の形をしている。
「それ、どうした?」
くらりと兄は眩暈を覚える。自分の声なのに遠くから聞こえる。

「おじいちゃんが『お礼に』ってくれたの」
聞けば、港でうろうろと道に迷っていた異国の老人を道案内したのだという。
茶屋『シャララト』まで送ったところで別れたらしい。
「そうか……」
「もういらないから、あげるって」
「貸してごらん。つけてあげる」
カンザシを髪に挿してやる。
妹の黒髪の上で、鳥の咥えた白い真珠が光っている。
「井戸で手を洗っておいで、食事にしよう」
「うん!」
その夜はそれで終わった。

明くる日。
人民街区のアラードの織物屋へと妹をお使いに行かせると、
ナブディーンはワードローブを引き開けた。

確かにそこにカンザシはあった。妹のもらったものとそっくりなやつが。
ポケットに入れると、『シャララト』を尋ねた。

見慣れぬ格好をした老人が店主と話している。
腰に大小のカタナと呼ばれる武器を帯びていた。
こっそりと近づいて、聞き耳をたてた。

話を聞いていて、ナブディーンの目の前は真っ暗になった。予想した通りだったのだ。
老人はひんがしの国の民で、駆け落ちした娘を捜しにアトルガンに来た。

「そういえば、もう銀河祭の時期であったな」
茶屋の菓子を摘まみながら、老人が店の飾りつけを見て言った。
「結局、お帰りになられるので?」
「ああ。遂に見つけられなかったよ。
あのとき、ふたりは、アムディナ姫とヤヒコ皇子のように互いを求めていたのだ。
だが、わしは許さなかった。伝説の王のようにな。
ふたりを許さなかった罪の、これが罰かもしれんなあ」
「良いのですかな?」
「うむ。もののふに二言はな──」
「あの──!」

ナブディーンは思い切って声をかける。
老人の顔がこちらに向き、その瞳がナブディーンの差し出した手のひらに注がれた。

嘴に真珠を咥えた鳥──カササギの形の髪飾り。

老人は目を瞠った。
「うむ? それは……昨日、あの娘に贈った。
いや、ちがうか、まさか……」
「あの……」
震える声で、
今は亡き両親が、乳飲み子を抱えて帰ってきたときの話をしようとした。
船でアトルガンへと辿りついた若夫婦は、船旅の途中で身体を壊し、
生まれたばかりの子を残し、辿りついたこの地の救貧院で亡くなったのだと。

そのときだった。
カンザシの真珠が淡い輝きを放つと、ナブディーンの心にナツメの悲鳴が聞こえてきた。
少し遅れて危急を知らせる警報が街中に鳴り響く。
さあっと血の気が引いた。
まさかこんな時に──。
「蛮族たちが……」
ビシージ──皇都防衛戦が始まったのだ!
「ナツメがいるのに……」

老人は余計な問いかけなぞしなかった。
「案内せい!」
『シャララト』を飛びだしたふたりは人民街区へと駆けだした。

  ※

「へえ、それでどうなったんだい?」
吟遊詩人のファリ・ワリが店主のラティーブへと問うた。
「うむ。その老人は、ひんがしの国の侍だったのだよ。
空から奇襲をかけてきた風竜をあっという間に叩きのめすと、
妹を助け出したのだ」
「つまり、その真珠はリンクパールだったんだね」
「同じものだろうな。老人は《連心珠》と呼んでおったが。
老人が、妻と娘に贈った唯一のものだったそうだ」

娘は、カンザシだけは捨てることなく持っていて、自らの娘に譲ったのだ。
それを知った老人は涙を流したという。

「義理とはいえ妹と別れることになっても、真実を伝えに行ったってのか。
ナブディーンは、さぞかし寂しくなったことだろうな」
ファリ・ワリの言葉に、ラティーブはにやりと笑みを浮かべた。
「それがな……」

全てを知った老侍は、それならと、ふたりまとめて引き取ることにしたのだという。
ふたりは今頃はひんがしへと向かう船のなかだ。

「そういうことか。よかったな。
しっかし、最近じゃ冒険者の姿もあまり見なくなったし。
ここも寂しくなるばかりじゃないか」
「とんでもない!」
この歳まで皇都の盛衰を見てきたラティーブは微笑みながら言った。

「冒険者はな。カササギのようなものなのだ。
どんな大河だろうと飛び越えてしまう。先へ先へと飛んでいってしまう。
だがな。
彼らがいちど行き来した跡には長く大きな橋がかかるのだよ。
その橋を渡って、今度はやってくるのだ」
「やってくる……って、なにが?」
「商人が、職人が、旅人たちが──つまり、ふつうの人々が、だ。
賭けてもいい。これからまた忙しくなるぞ! わたしも、おまえもな!」

店主の言葉に、ファリ・ワリもにやりと笑みを浮かべたのだった。


Story : Miyabi Hasegawa
Illustration : Mitsuhiro Arita

開催期間

銀河祭は2015年6月30日(火)17:00頃から7月14日(火)17:00頃までを予定しています。

モーグリの出現場所

モーグリに話しかけると、イベントの進め方を聞くことが出来ます。

北サンドリア(D-8)/バストゥーク商業区(G-8)/ウィンダス水の区(北側)(F-5)


今年の銀河祭では、新たな報酬として、新デザインの水着を手に入れることができます。
以前の銀河祭に参加されたことのある皆さんも、ふるってご参加ください。