アドゥリン土産といえばジャングルクッキー。
鮮やかなブルーを背景に勇ましい12の剣が踊るデザインは、
旅行通の間でアドゥリン土産の定番の一つともいわれている。
サンドリアから交易でやってきたある男は、
ふと、そのクッキーの特売告知に目を留めた。
本来は12枚入りなのだが、開拓の再開を記念し、
現在は期間限定で1枚増量して販売されているようだ。
男は祖国で待つ子供たちのために一袋購入した。
13枚目のクッキーが新たな争いの火種となることも知らずに……。
南サンドリアの競売所付近では、熾烈な戦いがくり広げられていた。
兄の名はオーテール。
弟の名はブランダール。
付近住民にとっては日常的な兄弟ゲンカである。
「兄ちゃん、返してよ!」
「ダメだ! 余った分は少し年上のボクのもんだ」
どうやら今日は、1枚のクッキーを巡る争奪戦のよう。
粘る弟のブランダールに対し、
兄のオーテールは持論を振りかざし、説き伏せようと試みる。
決して強引に食べたりはしない。
兄として、論破した上で得てこそ意味があるのだ。
するとそこへ、老齢の男性バラシエルが通り合わせる。
「これ、おまえたち。何を争っておる?」
「ちょっと聞いてよ! アドゥリンのお土産で父ちゃんが
買ってきてくれたクッキーを、兄ちゃんが自分だけ
多く食べようとしてるんだ。ひどいよね?」
「それが兄の特権ってもんだろ? 少しは遠慮しろよな」
バラシエルがクッキーの入った袋を見ると、
神聖アドゥリン都市同盟の国旗の紋章が目に入った。
「ほほう、アドゥリンか。これは珍しい」
視線に気づいたのか、兄のオーテールは気炎を揚げる。
「これ、カッコいいだろ? 12本の剣が描かれてるんだ。
やっぱ騎士といったら剣だよなー!」
「何言ってんだよ兄ちゃん。
サンドリアの旗のほうがカッコいいに決まってるよ……」
続いて国旗のカッコよさの是非を論じる第二次兄弟バトルが始まる。
バラシエルは目を細め、諭すように問いかけた。
「おまえたち、このアドゥリンの旗が
なぜこのような紋章となったか、わかるか?」
首をかしげる少年たち。
「わしがまだ若かったころの話だ。
騎士の本分を見極めんと各地を巡っていたのだが、
アドゥリンの古典を目にする機会があってな……」
「それは、未開の大陸で活躍するオーグストという名の騎士の物語だった。
彼の者……物語中は──初代王──と記述されておったが、
オーグストを中心に11の騎士らが集まり、大陸にはびこる脅威を振り払ったという……。
まるで活劇小説のような伝承ではあるが、これが面白うてなあ」
「おおおおっ! かっけー!」
兄のオーテールは、初めて聴く名の騎士の活躍に目を輝かせている。
一方、弟のブランダールのほうは未だクッキーを気にしている。
「その伝説を基として、中央の剣が偉大なる初代王オーグスト、
それを支える11本の剣は付き従った騎士たちを表しているというわけだ」
「へぇー、そうなんだ。
この羽みたいな模様は何なの?」
「その羽は、女神アルタナ様を表しておる。
アドゥリンは、我々サンドリアと同じくアルタナ信仰の土地だからな。
もっとも、向こうは古式のアイメルトの様式ではあるが……」
「トリオン王子もカッコいいけど、
そのオーグルトって人もカッコいいな!」
オーテールは騎士の話に目が無い。
クッキーで争っていたことなど、とうに忘れてしまったようだ。
「オーグスト、な。間違えるでない」
「えへへ……。
もっと剣の練習をして、ボクもいつか英雄になりたいよ!」
「大人になって剣の修練を積み、一人前の腕前になったと感じたら、
わしのところへ来るがいい。そのとき、本当の騎士とは何か、教えてやろう」
バラシエルは1枚残ったクッキーを取り上げ、
半分に割って少年たちに分け与えた。
「無用な戦いを避ける戦術眼を持つのも、
騎士として必要なことだ。わかるか?」
かくして、今日の戦いは平和的に幕を閉じた。
Illustration : Mitsuhiro Arita |