ブブリム半島の東、ググリュー洋には、かつて技術の発達した海洋国家があったそうです。
比肩する国すらない、その威光の多くが、雷で動く器具や乗り物によってもたらされたものであることは、国民の誰もが知っていました。
これらを発明したのが、哲学者のラムウでした。
古今東西にわたる膨大な書から得た知識は海よりも深いと評判で、すべての人が彼を信頼し、その言葉に耳を傾けていました。
しかし、ある日、異変は訪れました。彼の発明した計測器が「大地震と津波が街を襲う」と、予兆を告げたのです。
彼はなんども調べましたが、結果は変わりませんでした。しかも、それはわずか3日後だというのです。
突然のラムウの発表に、街の人々はどよめきました。しかし、平穏な日々を過ごしていた彼らにとって、大地震や津波が襲ってくるなど、にわかには信じがたい話。
3日後、予測どおりに大地震が起きたとき、彼の言葉を信じて高台に逃れて難を避けた人は、ほんの数百人にすぎず、多くの命が失われました。
そして、避難しなかったけれど、からくも助かった人々に猜疑心が芽生えました。この理不尽な不幸に対し、彼らは分かり易い原因を求めていたのかもしれません。
「地震は、予言していたラムウ本人が引き起こしたのではないのか?」
疑心暗鬼は噂となって囁かれ、人々のラムウをみつめる尊敬のまなざしは、いつしか恐怖や敵意をむき出しにしたものに変わっていきました。
ある日、津波で両親を失った少年に石を投げつけられた彼は、いたたまれなくなって、ついに国を出る決意 をしました。
ラムウは、大量の蔵書を積み込んだ舟を、月のない夜に近海の無人島へ向けて漕ぎだしたのです……。
数十年の後、彼の発明した器具や乗り物の多くは、動かなくなっていました。それは簡単な整備すら、人々が怠っていたことが原因でした。
その頃、海洋国家の威光が衰え始めたことに気づいた獣人の帝国がありました。彼らは、今が好機とみて、大艦隊を送り込んできました。
しかし、敵の上陸を阻止する術は、既に海洋国家には残されていません。いえ、正確にはひとつだけありました。それは、自分たちが追放したラムウを呼び戻すことでした。
ラムウは島を訪れた人々の願いをなんども断りましたが、ついには断り きれなくなってしまいました。なぜなら、彼に頭を下げる人々の中に、かつて彼に石を投げつけた少年の姿を見いだしたからです。
彼は、帝国の艦隊を一望できる岬にひとり立つと、手にしたオルドゥームの杖を振りかざしました。
すると、先端から稲妻がほとばしり、次々と敵の船は炎上し始めました。
度肝を抜かれた帝国の艦隊は、急いで上陸していた兵を収容すると、慌てて引き上げていきました。
人々は勝利の美酒に酔い、ラムウの英知をたたえました。しかし、それは見せかけにすぎませんでした。
ラムウの杖からほとばしった雷。その威力は、彼らをも畏怖させるのに十分だったのです。
やがて人々は、ラムウの杖がいつか自分たちに向けて振り下ろされるという、疑念を抱くようになりました。石こそ投げられませんでしたが、彼らがラムウを見る視線は、あの時とまったく同じになっていたのです。
ラムウは嘆息を漏らすと、そのまま踵を返し、二度と姿を見せることはありませんでした。
ほどなくして海洋国家は滅びました。しかし、生き残った人々はラムウの登場を心の支えとして待ちつづけ、やがては祈るようになりました。
海洋国家を昔から見ていた女神は、残された民を哀れに思い、ラムウを天に招いたということです。
人々が、いつもラムウを近くに感じられるように……。