むかしむかし、南方にひとりの女王が治める小さな国がありました。
女王の名はシヴァ。先代女王の遺言によって、わずか15歳で女王となった彼女に対し、伯父の公爵が後見しているとはいえ、当初、周囲の心配は大変なものでした。
しかし、頼りなげに見えた彼女は、いざ王位につくと、外交の場では無理難題を要求する大国と智謀をつくして渡り合い、また戦争となると最前線にまで赴き兵士を鼓舞したため、すぐに国民の人気者になりました。
やがて数年がたった頃には、彼女の人柄を慕って多くの商人や職人も城内に集うようになり、女王シヴァの名声は遠国にまでとどろき始めたので、彼女の国を狙う大国も簡単には手を出せなくなりました。
国民の誰もが、シヴァが女王になったことを喜ぶようになっていました。ただ、ひとにぎりの貴族を除いては。
彼らは自分たちの権力や財力が徐々に弱まっていることを心配し、彼女の後見人である公爵の下に足しげく相談に訪れるようになりました。
公爵にとっても、彼らの不満は、好都合なものでした。野心家の公爵は、実は先代女王が亡くなったときから、ずっと王の座を狙っていたのです。
未熟な女王の頼れる後見人となって、背後から国の実権を握るつもりだったのですが、シヴァは意に反して聡明でした。それどころか、今では彼の立場さえ危うくなっているありさま。
公爵は、大国と内通して支援の約束をとりつけるなど、二重三重の綿密な計画を練って、貴族たちと共に反乱の火の手を上げました。
意外にも、反乱はあっけないほど簡単に成功しました。
信頼をよせていた公爵の裏切りは、シヴァにとって予想外の出来事だったのです。彼女が、自分の身に起きたことを理解したときには、玉座に座った伯父が、シヴァを極北の地へ追放する旨を宣言していました。
あまりにも、国民の人気が高かったため、さすがの公爵も直接手を下すのはためらわれたのです。
悲劇はさらに続きました。
反乱に協力した大国は、公爵以上にずる賢かったのです。公爵に従っていた大国の軍隊は、女王がいなくなるやいなや、彼の制止も聞かずに町で略奪を始めました。
これがきっかけで公爵に対する貴族らの信頼は薄れ、やがて内乱が起こりました。この時を待っていた大国は早速介入し、事実上、小国を占領してしまいました。
公爵も命を落とし、祖国を失った兵士たちが散り散りになる中、シヴァの忠臣だったエーオマトラ率いる軍勢は、わずかな手がかりをおって極北の地へ女王の救出に向かいました。
しかし、南国出身である彼らにとって、極寒の中での捜索は困難を極め、シヴァを慕う兵はひとり、またひとりと、凍えながら倒れていきました。
やがて、エーオマトラとわずかに生き残った10人の兵士は、ついに女王を見つけだしました。
しかし、それは美しい姿のまま氷の中に眠る女王のなきがらでした。
彼らは、最後の力をふりしぼって、凍てつく鞘から剣を引き抜くと、忠誠の誓いをたて、そのままそこで息絶えてしまいました。
「我ら、たとえ氷となりても女王シヴァに従わん!
願わくば、業深きかの国に報いが訪れんことを!」
南方の大国に、なぜか雹(ひょう)が降るようになったのは、それから、数年が過ぎた頃でした。雪も見たことがない人々は、この雹が氷の女王シヴァの復讐だと噂し、恐れおののきました。
年々激しくなる雹に、すっかり怯えてしまった大国の王は、家臣に言われるがまま、女王を祭る神殿を建立しました。
シヴァの小さな国を昔から見ていた女神は、大国の王が改心したことを認めると、極北の地に降り立ち、シヴァの軍勢の怒気を静め、彼女を天へと招きました。シヴァが、いつまでも彼女の国を見守れるように……。
それ以来、南の地に雹が降ることはありませんでした。