星座の伝承 〜願い叶えし者篇〜
2. 百鳥の女王ガルーダ


遠いむかしのこと。ベッフェル湾に面した小国に、鳥の大好きな幼い王子がいました。病弱だった彼は城内にたくさんの巣箱を置き、訪れる鳥を眺めるのを楽しみにしていました。

中でも翠色をした雌の小鳥は、王子が雛のときから“ガルーダ”と名づけて育てていたため、肩に乗るほどになついて、いつも彼の側を飛んで心を和ませていました。

それは、王子が城を抜け出して、ひとりで鳥の観察に出ていたときのことでした。いつものように、彼の肩で翼を休めていたガルーダに、音もなく毒蛇が襲いかかったのです。

間一髪、気づいた王子が腕で払いのけ、ガルーダは無事だったものの、彼自身は毒蛇に少し噛まれてしまいました。

その夜、王子は城の一室で薬師たちの看病を受けていました。城へ飛んだガルーダが、彼の倒れているところまで家臣を案内したのです。

薬師たちが手を尽くしたにも関わらず、王子の顔色は悪くなる一方でした。元々病弱だった上に、彼を噛んだ蛇の毒も知られていない種のものだったのです。

窓の外の小枝から王子の様子をうかがっていたガルーダは、薬師が首を横に振るのを見ると、巣箱の中の鳥たちを起こしてまわり、みなに相談しました。

「雲と星の間に住まう我らが“鳥の王”は、人に似た美しい姿をしているらしい。王は麗しき翼でビチャープという奇跡の風を起こし、病もたちどころに治すという話だが……」

物知りのアクババが語り終えるのも待たず、ガルーダは夜空に向かって飛びたっていました。

“大好きな王子を助けたい!”その気持ちだけが彼女を支配していたのです。

気がつくと、ガルーダは朝陽に照らされていました。はるか眼下には城のあった半島と青い海が見えます。ひとつ羽ばたくたびに、疲れで全身が鉛のように重く、また息苦しく感じられます。ガルーダは気力を振りしぼって羽ばたき続けました。

日が暮れて、朝陽が昇り、また日が暮れる頃、ガルーダはどんな雲よりも高いところまで来ていました。

そこは、見渡す限り何もない“空”でした。

視界には何ひとつ映らず、自分の羽ばたく音だけが耳に届きます。アクババの語った“鳥の王”の姿など、どこにも見当たりません。

絶望が彼女を支配しました。

“なぜ、こんなところまで飛んできたのか?”その疑念がガルーダの脳裏をよぎった瞬間、彼女の全身から力が抜けました。彼女は体力だけでなく、ついに気力も尽きてしまったのです。恐ろしいスピードで落ちていくのが、目を閉じていても分かります。

このまま海面に叩きつけられて死ぬのだと、漠然と悟ったガルーダが、すべてをあきらめようとしたときでした。突然、王子の笑顔が脳裏に閃いたのです。

それはかつて、卵の殻をくちばしで破ったガルーダが、最初に見た笑顔でした。次々と思い出される王子と過ごした幸福な日々。そして、最後に浮かんだのは、毒で高熱にうなされている彼の顔でした。

写真 “大好きな王子を助けたい!”

我知らず、ガルーダは力の限り羽ばたいていました。するとどうしたことか、全身に力が満ちてきたのです。

彼女は、自分の異変に気づきました。いつの間にか、大きな翼と人に似た姿を手に入れていたのです。それは他ならぬ"鳥の王"の姿でした。

王子の寝室に窓から入った彼女は、その翼を羽ばたかせてビチャープの風を起こし、彼を侵す毒を癒しました。

ガルーダは王子を救ったのです。

しかし、彼女は気づいてしまいました。今の姿では、王子の肩に戻れないことを……。ガルーダは、王子が目を開いた瞬間、哀しそうにうなずくと、暁の空へと飛び去っていきました。

その後、たくましい青年へと成長した王子は、彼を癒した不思議な女性の姿を忘れることができず、長い歳月を費やして探し求めました。そして、ついにガルーダと再会し、妻として娶ったということです。

彼女の勇気に感心した女神は、死後、ガルーダを百鳥の女王として天に招き、鳥たちの飛行を導く道標としたと伝えられています。

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