ノーグでの聞き込み調査を終え、飛空艇でジュノへ戻ったナームヤーム調査員とプータッタ調査員は、今回の取材のために用意されたアーティファクトを身にまとい、道行く冒険者たちの注目を一身に集めていた。
「ちょっと、ナームヤームってば!アーティファクトを着せてもらったからってはしゃぎすぎだよ。取材の間くらいじっとしてられないの?」
「ほんとわかってないな〜、キミってひとは。隠密行動のプロたる者は、ぼ〜っと立ってちゃいけないのさ♪……って、あれ? そう言うキミのほうこそ買い食いしてるの〜!?」
見れば、プータッタ調査員は、通りすがりの料理人から「おにぎり」を買い求め、夢中になって頬張っていたのである。
「だって無性に食べたくなっちゃったんだから、しかたないじゃない! それに、東方の伝統的な携帯食を試食するのも調査の一環なの!」
「わかったから興奮しないでよ〜。調査熱心なついでに、キミが身にまとってる侍のアーティファクトについて教えてくれない? だいたいその“ミョウチン”って名前は、なんなのさ〜?」
「“明珍”は、東方で鎧鍛冶の名門として知られている明珍家のことだよ。話によると、このアーティファクトも明珍の作みたいなんだ。東方では、明珍の武具を身につけることが一流の武士の証ってされてるんだって。
……うんうん、さすがって感じ! 頑丈な合金の板で必要なところをしっかり覆いながらも、関節のあたりにゆとりを持たせた設計になってるから、動きが妨げられたりしないんだ。見て見て! こんなに動きやすいんだからー!」
彼女は刀を抜いて、ぶんぶんと勢いよく振り回してみせた。
「ひゃあ! ふつう、こんな街の中で抜刀する〜!?」
プータッタ調査員の言う通り、打撃や衝撃の軽減よりも動きやすさが重視されているとなると、これは修行を積んで受け流しの技を極めた武芸の上級者向きの具足に違いない。一流の証とされているのも、それゆえだろう。
気の済むまで素振りをした後、ようやく刀を収めたプータッタ調査員は、兜を脱いで汗を拭いながら言った。
「ふぅ、食後の運動終わりっと! あ、そうだ、これ見てよ。この兜の緒とか鎧とかを綴じ合わせてる紐! なにを隠そう、これには東方のエラ〜い武人さんの髪の毛が編みこまれてるんだ。だから、このアーティファクトを身につけた侍は、霊的な加護を得られるんだって!」
「は〜、それで侍気分になっちゃって刀を振り回してたの? でもキミは、霊的な加護の対象外でしょ〜?」
「なによ自分だって忍者ごっこしてたくせに! 早くその“ラッパ”なんとかっていう忍者のアーティファクトの調査結果を報告してよ!」
「あいかわらず勝手なひとだな〜。しかたない、僕がノーグで調べてきたことを特別に聞かせてあげるよ。
まず“乱波”っていうのはね、かつて東方の山奥で暗躍していた忍集団“乱波衆”のことなんだ。“乱波衆”は、とっくに離散してるんだけど、彼らが着ていた乱波装束を、ひと昔前に再現できたひとがいたみたい。
つまり、今僕が着てるアーティファクトも、たぶんその時に作られたものなのさ。夜間の偵察や潜入を得意としていた忍者たちが着ていただけあって、隠密工作を想定したすごい工夫がいっぱいなんだよ〜」
厚手の木綿の着物には、要所に金属板や鎖帷子が縫いつけられている。これらにも秘密があるのだろうか?
「それはもう、秘密だらけさ〜♪僕が感心したのは、この金属の防護板かな。外からはわからないだろうけど、裏側に細かい溝が彫られてるから、すごく軽いんだ。それでいて、意外なくらい丈夫なんだよね〜」
一見しただけでは、わからない様々な工夫……。この特殊な装束を再現するためには、相当の知識と技術が要求されたはずだ。いったいどんな人物が手がけたものなのだろうか?
「ん〜、発明が得意なヒュームのおじいさんだったって噂〜。一説では“乱波衆”の残党だったとか……。 乱波装束を作れたのは、そのおじいさんだけだったっていうから、本当にそうだったのかも〜?」
「へー、なんかかっこいい! それで、そのおじいさんの名前は!?」
目を輝かせて尋ねるプータッタ調査員に対し、彼はこう返した。
「彼の名前は、ミツ……。あ。やっぱりキミには教えてあげな〜い♪」
「なんなのそれ! わたしは全部話したのに〜!!」
ナームヤーム調査員はぺろりと舌を出してみせると、取材の途中であるにもかかわらず一目散に逃げていってしまった。
それを追いかけるプータッタ調査員の後ろ姿は、猛々しい東方の武人さながらだった。