読み物『ヴァナ・ディールの女たち』
第16回 真昼の夢

メリファト山地に戻り、ひたすら南に向かって歩みを進めていた日のこと、長旅の疲れからか、私は昼間から猛烈な眠気に襲われていた。

やがて我慢の限界に達した私は、ドロガロガの背骨と呼ばれる謎の遺構にたどり着くやいなや、その袂で倒れるように眠りこんでしまった。決して安全な寝床とは言えなかったが、贅沢を言う余地はなかったのだ。

写真 そこで私は、夢を見た。

夢の中で、私はとてつもなく大きな天龍の背に乗っていた。天龍はちっぽけな私などには気づいてもいないらしく、大空を悠然と飛んでいる。眼下は、見渡す限りの雲海だ。

時折、雲間から緑の生い茂る大地がちらりと見えた。目の覚めるような眺望だったが、あまりの高さに、ほとんど生きた心地がしなかった。

鱗をつかんでいた両手に力を込めたその時、天龍が凄まじい勢いで飛行しはじめた。幾度も振り落とされそうになりながら、私は必死の思いで持ちこたえた。

ある所で天龍は、急に速度を落とし、大きくはばたきはじめた。すると風が渦巻いて暗雲が集まり、そこから稲妻がほとばしった。下界は見る間に嵐になっていく……。圧倒的な力を目にした私は、固唾をのんだ。

その後、何事もなかったかのように静まった天龍は、綿雲を集めて寝床を作り、中に潜って寝息を立てはじめた。

恐る恐る地上の様子を確かめてみると、すでに嵐はやんでいるようだったが、恐ろしいことに、家々は壊され、畑は跡形もなく濁流に押し流されていた。

私は、天龍が寝ている隙に命綱を括りつけておこうと考え、いちばんよく切れるナイフで鱗に挑んだ。

手に汗を握りながら格闘すること数時間。どうにか穴を空けることに成功して、いざロープを通そうとした時、眠っていたはずの天龍が突然首をもたげ、綿雲を散らして夜空に躍り出た。

それから後は、まさに悪夢そのものだった。いったい何が起こったのか、爆音が無数に鳴り響き、天龍の体から黒煙が立ち上りはじめたのだ。

瞬く間にあちこちから炎が上がり、夜空は不気味に赤く照らし出された。どこかで爆音が上がる度に、天龍の巨体は大きく揺れ、天地を切り裂くような怒号が耳をつんざく。

大きく旋回した天龍の背から滑り落ちそうになった私は、無我夢中で剣を引き抜き、渾身の力で硬い鱗に突き立てた。砕けた破片が、頬をかすめて散っていった。

しかし、すべては徒労に終わる筋書きだったらしい。

天龍は不意に全身を収縮させたかと思うと、次の瞬間、私をぶら下げたまま、真っ逆さまに落下しはじめたのだ。

もう助からない……。意識が急速に遠のいていく中、誰かの声を聞いた気がした。

そして、夢から覚めた。

ゆっくりと目を開けると、そこには雲ひとつない空が広がっている。

幸い地面の感触もある。それから、真っ白な……。そうだ。ドロガロガの背骨だ。私の頭は、ようやく現実の世界に引き戻された。

極度に緊張していたせいで、目覚めてもなお、心臓は早鐘を打ち続けている。私は寝ころんだまま、ぼんやりと夢を思い返した。

「……天龍か……」

「そう。“ドロガロガ”とは、古のタルタル族の言葉で“天龍”の意。つまりこれは天龍の背骨なのです」

突然の声に慌てて体を起こすと、頭上に連なるドロガロガの背骨の上からタルタルの娘が顔を覗かせていた。

「よかった。眠っていただけだったのですね。いくら声を掛けても目を覚まさないから心配しました」

そう言って、娘は私の目の前に飛び降りてきた。

写真 「ああ、それは申し訳なかった。実は、ちょっと取り込み中だったんだ。その……、夢の中でね」

娘は、くすりと笑った。外見は幼子のようだったが、声やしぐさには落ち着きがあった。

前夜から何も食べていなかった私はひどく空腹だったので、少々早めの夕食に娘を誘った。とはいっても、見渡す限りの荒野に気の利いた店があるわけもない。結局は、行商人から買ったコカトリスの干し肉を野菜と煮込んで、振る舞うことにした。少々時間と手間のかかる料理だが、その分味はいい。

私たちは、食事をしながらいろいろな話をした。ふと、娘が昼間の夢について聞きたいと言い出したので、私は大地に落ちた天龍の話をした。

夢というものは、たいてい起きると忘れてしまうものだが、その日の夢に限っては気味が悪いくらい鮮明に思い出すことができた。

私がすべてを話し終えると、娘は頬を上気させて言った。

「……その夢は、まさしくタルタル族の伝承そのもの。あなたは、夢でドロガロガに出会ったのですね」

私は、煮込みの最後のひと口を、思わず丸飲みしてしまった。

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