12月22日
今朝、司教様たちに旅の報告をする前、僕はこの日記を読み返した。そして自分の大きな変化に気がついた。

旅立つ前の僕は、獣人を邪悪で野蛮な存在だとしか考えていなかった。

確かに彼らは野蛮かもしれない。だけど、今の僕は彼らが決して邪悪な存在ではないことを知っている。

たとえ彼らが、人と戦うために創られたのだとしても……。人は、もっと獣人に歩み寄れるはずだ。僕が、彼らを理解できたように。

その結論が僕を勇気づけた。

その後、僕は旅の報告のため、リーダを部屋に残して司教様の部屋を訪ねた。そこには司教様のほかに、修道院の院長と神殿騎士団長のムシャン(Mouchand)様が同席されていた。一介の修道士の報告だというのに、なんという顔ぶれだろう。

僕は緊張で舌を何度もかみつつ、修道院を発ってからの出来事を語った。

戦いに生きがいを見出すオーク。アンティカ“セクトル2734”の最期。女神に興味を示したサハギン。ウィンダスで出会った星の神子の侍女長。僕を捕え、邪神の使徒に仕立てようとしたヤグードと、ギデアスから僕を救い出してくれたゴブリン。グ・ダの再来を憂えたクゥダフの祭司。そして、王都に潜入したトンベリの刺客。

司教様たちは、時に頷き、時に驚き、質問を交えながら僕の話に耳を傾けてくれた。

そして、語り終えた後、ムシャン様は、静かな口調で僕に問い掛けた。

「我が王国は、バストゥーク共和国とも、ウィンダス連邦とも凄惨な戦いを繰り広げた歴史を持っている。いや、王国成立の前にはエルヴァーン同士でも殺しあっていたのだよ。

我々は、暁の女神を敬わぬ敵とは断固として戦う意志を持っている。だが、互いに手を握り、共に楽園へといたる道を歩む素晴らしさも知っている。10年後、いや100年後でもいい、君は人と獣人が共存できる未来を信じているのか?」

騎士団長は、僕の目を見据えていた。「はい」と強く頷いた瞬間、目頭が熱くなった。

「修道院長殿。よくぞ、この者を紹介くだされた。我が神殿騎士団は、喜んでジョゼアーノを迎えよう」

騎士団長の言葉を聞いて、僕は耳を疑った。とまどう僕に、事情を説明してくれたのは司教様だった。

神殿騎士団と双璧をなす、王立騎士団。王国の要として辺境を固め、常に外敵と対峙する彼らは、勇猛である反面、時に規律を乱し、教義に反する行動をとってしまうという。

そのため、神殿騎士団は彼らを監察する重要な役割を担っているそうだ。監察役に求められるのは武勇ではなく、深く汚れなき信心と妥協しない強い意志。驚いたことに、院長は僕を監察役に推薦していたのだ。

報告を終え、リーダへの報酬を受け取った僕は、一晩考えさせてほしいと告げて部屋を辞去した。リーダの報酬は、額面以上の価値を持つランペール金貨3枚だった。

自分の部屋に戻ると、リーダの姿はなかった。多分、退屈しのぎに街の見物に出かけたのだろう。窓から見える落陽を眺めながら、僕は自分の将来について考えてみた。

はるか北方のギガース族を訪ねたいと漠然と思っていた。だけど、王立騎士団と行動を共にする監察役に就けば、きっと人と獣人の掛け橋となる機会に恵まれるに違いない。

女神よ、我が心の小波を静めたまえ。

12月23日
夜明け前に部屋に戻ってきたリーダが、改まって話を切りだした。

「ジョゼ、頼みある。いいか」

こんなことは、はじめてだった。僕は、誘われるまま服を着替え、朝霧の立ち込める市街へと出た。彼女の後について行くと、袋小路の石壁に、別のゴブリンがもたれていた。よく見ると、左脚に巻いた包帯から血が滲んでいる。グルーミクス(Gloomix)だと、リーダが説明した。

ギデアスから僕を救出してくれた1人だ。あの後、北方での戦争に参加して敗走する羽目になった彼は、仲間と散り散りになりながらも、なんとかここまで落ち延びてきたそうだ。

昨夜、リーダと偶然再会したらしい。しかし、その時の彼は民宿から黒パンを盗み出したのを通報され、神殿騎士団に追われていたのだという。

なんということだろう。

王都でゴブリン商人が立入りできる場所は定められている。その禁を破るだけでも、重い刑罰が待っているというのに、盗みまで働くとは……。

捕まったら、極刑は免れない。

「グルーミクス、助けたいぞ」

リーダの神妙な声が、僕の胸を震わせた。

グルーミクスの件で、すでに各門では検問がはじめられているはずだ。それに手負いの彼が王都をうまく逃げ出せても、1人ではすぐに捕まってしまうだろう。残された方法は1つしかない。それは、僕が逃亡を手伝い、リーダも彼に付き添って王都から立ち去ること……。

彼女も、きっと考えた末に同じ結論に達したのだろう。だからこそ、僕を頼ってきたのだ。

今度は、僕が2人を助ける番だった。たとえそれがムシャン様の信頼を裏切ることになったとしても。

暁の頃、僕たちは城の地下にある港にいた。城門を抜けるより、湖へ船で漕ぎだしたほうが安全だと考えたためだ。城門と違い、港へと通じる市門には1人ずつしか衛兵が配置されていなかったため、僕が彼らの注意を引きつけるのは、そう難しくなかった。

2人は繋留されていた小舟を見つけると、素早く乗り込み、幌を被った。もやいをほどいた時、上着にリーダの報酬が入っていることを思い出した僕は、彼女にそれを手渡した。

「お別れだよリーダ。またいつか、一緒に旅をしたいね」

「ジョゼ、ひとり、だいじょぶ。世話なったな。バイバイ」

最後に僕たちは握手をした。そしてリーダは、ナルティーヌ湖に向けて小声で歌いながら櫂を漕ぎ出した。

「金貨1枚ッ あんない分ッ♪
 金貨1枚ッ つうやく分ッ♪
 もひとつ1枚ッ いのちの分ッ♪
 でェも もおッと嬉しい報酬は〜
 こっそりやっぱり教えな〜い♪」


聖堂に戻った僕は今、最後となるかもしれない日記をつけている。これから、女神アルタナの前で懺悔しなければならない。

僕は、裁かれることになるだろう。もしかすると教会から追放されるかもしれない。

だけど、今の僕に迷いはない。僕が選択したのは、人と獣人の掛け橋となる行為なのだから……。

女神よ、どうか人間と獣人の未来に祝福を……。

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