風すさぶブブリム半島を南東に進み、港町マウラの門にたどり着いたのは、夜半過ぎのことだった。

そこでチョコボに別れを告げた私は、暖かなランプの灯火に誘われるようにして宿屋の戸を叩いた。

案内されたのは、狭いながらも居心地のいい部屋だった。ベッドに横になった私は、ほとんど気を失うようにして眠りについた。

ところが、その数時間後には自ずと目覚めてしまった。気持ちが高揚していたせいだろう。私は夜風に当たろうと、2階の通用口から外に出た。

辺りは、まだ暗かった。

耳を澄ませば、穏やかな波の音に紛れて、夜明け前に目覚めた海鳥たちの鳴き声が聞こえる。温かい東風が運んできた潮の匂いに郷愁を覚える。

ただそこに立ち、静かに朝の気配が近づいてくるのを感じていると、やがてマウラの町がゆっくりとその姿を現しはじめた。白い家々と、それを守る両腕のような断崖。正面に見えるのは連絡船の船着き場だろう。

そこよりもずっと外れの方で、波に揺れるいくつかの影。――小さな帆掛け船だ。何艘か泊まっている。クビラウンビラ号は、きっとあの中の一艘に違いない。そう考えた私は、期待を胸に宿屋の横の石段を下りていった。

いざ近づいてみても、どれが目当ての船なのか見当もつかなかった。どの船も、船体に名前を記すようなことはしていなかったのだ。仕方なく、

船尾に打ち付けられたプレートをひとつずつ調べることにした私は、手始めにいちばん端の船に近づいた。

間近からひとの声が響いてきたのは、まさにその時のことだった。

「なんだぁオマエ、ここらじゃ見ない顔だな〜?」

はっとして辺りを見渡すと、すぐ隣に泊まっていた船の甲板に、タルタルの少年が立っていた。

白い帽子にエプロン姿。肩にロープの束を担ぎ、手にはデッキブラシを握りしめている。どうやら、乗組員のようだ。

「ああ、マウラは初めてなんだ」

「へぇ〜。それで、こんな朝っぱらからそこでなにしてるんだ〜?」

「わけあって、ある船を探している。そうだ、君! クビラウンビラ号がどこにあるか知らないかな?」

「クッッビラウンビラ号ぉ〜!? そりゃあ、知ってるもなにも……」

甲板の上で大げさに飛び跳ねた少年は、デッキブラシを振り回しながら、得意満面で大見得を切った。

「マウラの星! ググリュー洋の王者! バストア海の海賊どもも付け狙うクビラウンビラ号とは、まさしくこの船のことよぉ〜!!」

港中にこだました声に驚いたのか、海鳥たちはひと際大きな声で鳴きながら沖の方へと逃げていった。あっけにとられていた私に、彼は追い打ちをかけた。

「あ!! さてはオマエ、あのときの海賊の一味だな!? オマエらが欲しがるような金目のモノなんて、この船は積んでないんだよぉ! わかったらサッサと帰れ〜!」

「か、海賊!? まさか!」

とんでもない誤解だ。しかし、少年はデッキブラシを構えて私を威嚇し、さらに大声を張り上げるではないか。

「兄ちゃ〜〜ん! おきろぉ〜〜!また海賊が出たぞ〜〜!!」

少年の声は、目の前にそびえ立つ断崖にこだました。とっさに船に飛び乗った私は、少年に向かって叫んだ。

「私は、船長に会いにきたんだ!」

再び声を上げようと息を吸い込んでいた少年の動きが、すんでのところで止まった。彼はデッキブラシを構えたまま後方へ退き、いぶかしげに眉をひそめた。

すると突然、少年と私の間にあったハッチが勢いよく開き、何者かが甲板に飛び出してきた。

「このっ、バカ者がーーっ!!」

少年よりも、さらに大きな声で一喝したのは、彼よりもひと回り大きいタルタルだった。

日焼けした肌が、いかにも海の男、といった風情だ。

彼は、不審者であるはずの私には目もくれず、少年を叱りつけた。

「俺のことは船長と呼べと言ってるだろうが!! 今度兄ちゃんなんて呼んだ日には、ググリュー洋に放り込んでやるからな!」

「わかったって! そんなことよりそこのアヤシイ男が兄ちゃんに会いにきたって言ってるんだけどさぁ」
少年が私を指し示すと、船長を名乗る男の尖った耳が、ぴくりと動いた。

ゆっくりと振り向いた彼は、頭をかきむしりながら言った。

「えーと。誰だっけ、あんた」

「名はカウフマン。クビラウンビラ船長、あなたに頼みがあってウィンダスからやってきた」

私はタルタルの娘が持たせてくれたスカーフを差し出した。

「……こっちは、あんたのこと知らないな。もっとも、知りたいとも思わないけどな」

スカーフを手に取ろうともせずに、彼は抑揚のない声で言い捨てた。

いつの間にか沖から戻ってきた海鳥たちが、やけに騒がしく鳴きながら、クビラウンビラ号の真上を飛び回っていた。

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