特集 星座の伝承 〜結ばれし絆篇篇〜
1.伝説の巨人タイタン


昔、クォン大陸の南方に広がっていた森林をめぐって、激しい戦いがありました。それは森に住む巨人たちと、その東の渓谷に街を築いた人間たちとの、存亡をかけた戦いでした。

タイタンと呼ばれていた巨人たちは、巨体を活かして奮戦し、緒戦こそ優勢でしたが、やがて数に勝る人間たちの前に、ひとり、またひとりと倒れ、ついに死に絶えてしまいました。

たったひとりをのぞいては。

最後の戦いの翌日、巨人の屍が累々と横たわる戦場跡に、ひとりの少女の姿がありました。彼女の名はダムダルス。逃げた子羊を追いかけて、ここに迷いこんだのでした。

「タイタンは、森に入った子どもを捕まえて喰っちまう」

そう聞かされていた少女は、一刻もはやく、この場を去りたい気持ちでいっぱいでしたが、大切な兄の羊を失って家に帰ることはできません。

やっとダムダルスが子羊を捕まえたのは、倒れた巨人戦士の小山のような背中でした。彼女の瞳に安堵の涙が込み上げてきたとき、死体と思っていた足元の巨人の口から、地響きのようなうめき声が発せられました。少女は、声にならない悲鳴をあげましたが、足がすくんで動けません。

しかし、よく見ると巨人は頭と左脚に大きな傷を負っているようでした。ダムダルスが、腰からはずした水袋を恐る恐る大きな口にあてがうと、巨人はゆっくり目を開けました。人間を見たその瞳は、一瞬敵意をむきだしにしましたが、やがて哀しみをたたえた色に変わりました。

ダムダルスは自分の服を破いて、巨人の頭と左脚に巻いてやると、彼を近くの岩屋へと誘導しました。

それから何日もの間、ダムダルスは食べ物と飲み水を岩屋に運びつづけました。そして、巨人が彼女の言葉を理解していない風に見えるのも気にせず、自分のことをたくさん話しました。

羊のこと。兄のこと。“傷ついた人には親切にしなければいけない”という母の遺言。そして街の人から聞かされていた凶暴なタイタン族のこと。

やがて、巨人も少女に心を開き、タイタン族のことを、片言ながら話すようになりました。その内容は、ダムダルスの知っている話とは、まったく逆のものでした。

森に住んでいたタイタン族は、人間たちの伐採によって住処と獲物を次々と奪われたのでした。そして、度々の抗議も受け入れられず、やむなく立ち上がったというのです。

真実を知ったダムダルスは、タイタンに何度も何度も泣いて謝りました。そんな少女に、巨人は人差し指で頭をなでて、優しく微笑みかけるのでした。

しかし、2人の楽しい日々は長く続きませんでした。ダムダルスの兄は、妹の不審な行動に気づいて後をつけたのでした。そして驚いた彼は、軍隊に通報してしまったのです。

岩屋に突入してきた討伐隊を阻止しようと、ダムダルスは必死に抵抗しました。しかし、それを見たタイタンは少女の身を案じ、おとなしく捕らえられたのでした。

次に少女がタイタンを見たのは、広場の中央に設けられた処刑台でした。衆目の中、鎖でつながれたタイタンは、自分の何倍もある巨大な岩を担がされていました。
写真
ダルダムスが巻いた左膝の服の切れ端が、みるみる真赤に染まっていきます。タイタンは耐え切れなくなり、巨体が大きく傾ぎました。

見ていられなくなったダムダルスは、兄の制止を振り切ってタイタンに駆けよると、左脚を支えました。それを見たタイタンは、少女を守ろうと体勢を立て直しました。しかし、それにも限界が近づいていました。

少女は必死で巨人の足を押さえながら、女神に祈りました。やがて、タイタンが最期の力を使い果たし、大きく咆哮したときでした。

突然、天空から神々しい光が処刑台に降り注ぎました。タイタンとダムダルスに希望を見出した女神が、2人を天へと招くためにそっと手を差し伸べたのでした。

やわらかい光に抱かれて、ダムダルスとタイタンは静かに天へと昇っていきました。神秘的な光景を目の当たりにした人々は、タイタン族に対して犯した過ちを悔い、その後、彼らを弔う祭りを催すようになったということです。

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